第1章|がん・緩和ケアの理学療法

がん・緩和ケア 第1章

1-1 がんのリハビリテーションの病期と評価尺度

がんのリハビリテーションは、がんの時期によって目標が変わる。代表的な分け方(Dietzの分類)では次の4段階を置く。

段階時期目標と理学療法の中心
予防的診断後・治療(手術・化学療法・放射線療法)の前〜直後機能障害が起こる前の予防。術前の呼吸練習・咳嗽練習、体力の維持
回復的治療後に機能障害が残った時期最大限の機能回復をめざす。筋力・ROM・歩行・ADL練習、装具の導入
維持的がんが増大・再発し、機能障害が進行しつつある時期セルフケアと活動性の維持、拘縮・廃用の予防、福祉用具の導入
緩和的終末期・積極的治療が終わった時期QOLの維持・症状の緩和。本人の希望に沿った活動、苦痛の少ない姿勢・動作

同じ「運動」でも、回復期は漸増的に負荷を上げる、進行期・緩和期は負担なく続けられる活動で気分転換と廃用予防をねらう。病期を読んでから目標を決める。

評価尺度の使い分け

「何を測る尺度か」で選ぶ問題が出る。活動能力(全身状態・活動度)を測るものと、疲労・QOL・病期・予後を測るものを分けて覚える。

尺度測るもの形式・要点
KPS(Karnofsky Performance Status/Karnofsky performance scale)活動能力・全身状態0〜100%の段階評価。100%が正常、数字が下がるほど介助が必要。治療や理学療法の可否判断に使う
ECOG PS(Performance Status)活動能力・全身状態0〜4の5段階(0が無症状で制限なし、4が終日臥床)。KPSと同じ目的で、数字の向きが逆
CFS(Cancer Fatigue Scale)がん関連疲労疲労の程度を評価する。活動能力の尺度ではない
FACT(Functional Assessment of Cancer Therapy)QOLがん患者の生活の質を包括的に評価する
PPI(Palliative Prognostic Index)予後予測緩和ケア対象患者の生命予後を予測する
TNM分類がんの進行度(病期)T=原発腫瘍、N=リンパ節転移、M=遠隔転移。患者の活動能力は表さない

名前に「Functional」が入っていてもFACTはQOLの尺度。「Fatigue」のCFSは疲労。活動能力(活動度)を問われたらKPS(またはECOG PS)。

骨・軟部腫瘍の切除後の機能障害と装具

肉腫などで筋を広範囲に切除すると、その筋の作用が失われる。装具は「どの関節を制御する必要があるか」で選ぶ。

  • 大腿四頭筋の切除で膝伸展筋力が落ち、立脚期に膝折れが起こる → 膝を支持・制動する膝装具(両側金属支柱付膝装具など)。
  • 足関節の機能が保たれているのに長下肢装具(膝+足関節)を選ぶのは過剰。短下肢装具は足関節しか制御しないので膝の不安定性には効かない。
  • 膝の屈曲が十分残り歩行できる例で、車椅子を主な移動手段にするのは過剰。PTB式免荷装具は下腿・足部の免荷が目的で、膝の支持には使わない。
主な問題装具
膝伸展筋力の低下(膝折れ)膝装具
足関節背屈の障害(下垂足)短下肢装具
膝と足関節の両方の制御が必要長下肢装具
下腿・足部への荷重を減らしたいPTB式免荷装具

1-2 運動療法の中止基準とリスク管理

化学療法・放射線療法中は骨髄抑制(白血球・赤血球・血小板の減少)が起こる。特に血液腫瘍(白血病など)では血液検査の値がそのまま運動の中止・制限の目安になる。

所見中止・制限の目安(代表的な基準)理由
ヘモグロビン(貧血)7.5 g/dL以下(輸血が要るほどの貧血)組織への酸素供給が不足する
血小板5万/µL以下、急激な減少頭蓋内出血・関節内出血など出血の危険
白血球3,000/µL以下易感染
発熱おおむね37.5〜38℃以上(持続する発熱)感染症・好中球減少に伴う発熱を疑う
不整脈の出現中止して医師に報告抗がん剤(アントラサイクリン系など)による心毒性を疑う

倦怠感(がん関連倦怠感・cancer-related fatigue)は運動を止める理由にならない。安静では改善せず、適度な有酸素運動でむしろ軽減する。強度と時間を調整して運動を継続する。安静にすると廃用が進む。

「化学療法中で体がだるい」=中止、と短絡しない。中止の根拠になるのは血液所見・発熱・不整脈などの客観的な異常。ただし、倦怠感・食思不振の強い進行がんで負荷を漸増する持久性運動は過負荷になる(1-6)。「止めない」と「負荷を上げる」は別。

骨転移がある場合

  • 転移のある骨には病的骨折の危険がある。転移部位へのねじり・強い抵抗運動・急な荷重を避け、動作は転移部位に負担をかけない方法で指導する。
  • 脊椎転移では脊髄圧迫による麻痺の出現(下肢の脱力・しびれ・膀胱直腸障害)に注意し、新たに出たら医師に報告する。

1-3 周術期の呼吸理学療法(肺・食道・腹部の手術)

開胸・開腹手術、特に肺切除・食道がん・上腹部手術では、術後に無気肺・肺炎などの術後呼吸器合併症が起こりやすい。リスクを読み、術前から準備し、術後は早く離床する。

術後呼吸器合併症のリスク因子

  • 高齢
  • 喫煙歴:Brinkman指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が高い
  • 低栄養(低BMI)
  • 呼吸機能の低下:閉塞性換気障害(%1秒量・1秒率の低下)、拘束性換気障害(%肺活量の低下)
  • 手術部位:上腹部・開胸手術

術前の理学療法

行うことねらい
咳嗽練習・ハフィングの指導術後の痰を出しやすくし、無気肺を防ぐ
腹式呼吸(横隔膜呼吸)・深呼吸の練習換気効率の良い呼吸を身につける。上部胸式呼吸は換気効率が悪く、勧めない
体力・活動の維持ADLが自立し運動耐容能が保たれていれば、術前は安静にせず活動を続ける

術後の理学療法

項目正しい対応誤りやすい対応
離床早期離床が原則。早くから座位・立位・歩行へ術後1週間ベッド上で体位排痰法を中心にする(無気肺・廃用が進む)
咳嗽創部を手や枕で押さえて保護しながら咳嗽を促す創痛を理由に咳嗽を控えさせる(痰が貯留し無気肺に)
呼吸法深呼吸・インセンティブスパイロメトリが基本。閉塞性障害・喫煙歴があり呼気時に気道が虚脱しやすい例では口すぼめ呼吸(呼気時の気道内圧を保ち末梢気道の虚脱を防ぐ)が有用—
体位ベッドの頭側を30度以上起こした半座位(セミファウラー位〜ファウラー位)で横隔膜を下げ肺容量を確保頭側10度程度では不十分
運動のタイミング食後すぐ(満腹時)を避ける満腹時は横隔膜の動きが制限され呼吸が浅くなる
回復期の運動強度修正Borg指数で3〜4程度(中等度)を目安修正Borg 2(弱い)では低すぎる

排痰の手技:ハフィングと口すぼめ呼吸の違い

手技方法目的・適応
ハフィング(huffing)声門を開いたまま「ハッ」と強く速く息を吐き出す(強制呼出)排痰。強い咳嗽より胸腔内圧の上昇が小さく、循環・気道への負担が少ない。痰が多く努力性の咳嗽を繰り返す例に
口すぼめ呼吸口をすぼめてゆっくり吐く呼気時の末梢気道の虚脱を防ぐ(COPDなど閉塞性障害)。排痰そのものの手技ではない

症例の「主な問題」で選ぶ。痰が多い・咳が苦しい → ハフィング、閉塞性障害・喫煙歴があり呼気時に気道が虚脱しやすい → 口すぼめ呼吸。術後無気肺の予防の基本は、深呼吸・インセンティブスパイロメトリ・創部を押さえた咳嗽・早期離床。安静時から呼吸困難がある例では、背臥位(横隔膜が挙上して換気が悪化する)を避け、起座位・前傾座位など楽な姿勢をとらせる。安静時にも呼吸困難が強い時期に有酸素運動は負荷過大だが、意識清明でバイタルが比較的安定していれば理学療法を一律に中止はしない(排痰援助の適応がある)。

1-4 集中治療室(ICU)での早期離床の判断

食道がん術後などで集中治療室に入っている患者の離床は、意識(鎮静)・疼痛・循環・臓器障害が安定していることが前提になる。

指標離床を進めてよい目安中止・延期を考える所見
鎮静・意識:RASS(Richmond Agitation-Sedation Scale)おおむね−2〜+1−3以下(−3=中等度鎮静:呼びかけに体動はあるがアイコンタクトが保てない、−4=深い鎮静:呼びかけに反応せず身体刺激で反応)=指示が入らない
疼痛:NRS(Numerical Rating Scale)疼痛が自制内NRS高値(例:8程度の強い疼痛)=まず鎮痛
循環:平均動脈圧65〜110 mmHg程度血圧不安定、高用量の昇圧薬が必要
心拍数安定安静時120/分程度の頻脈
臓器障害:SOFA(Sequential Organ Failure Assessment)スコア悪化していない前日より大きく上昇=臓器障害の進行

循環が不安定な時期にできること

  • 高用量の昇圧薬で血圧を保っている(循環が不安定な)時期=座位練習などの離床、呼吸筋トレーニング、持久性の能動運動はまだ早い。人工呼吸管理中であること自体は離床の禁忌ではない(循環・鎮静・疼痛が安定していれば早期離床を進める)。
  • この時期は臥位のまま循環負荷をかけずに行える神経筋電気刺激(NMES)で下肢筋の廃用・筋力低下(ICU-AW:ICU関連筋力低下)を予防する。
  • カテーテル・ラインの位置に注意する。鼠径部からカテーテルが入っていれば股関節の運動(特に伸展・屈曲の大きな動き)を避ける。

「早期離床が原則」は全身状態が安定していることが前提。昇圧薬・頻脈・SOFA上昇・深い鎮静がある時は離床を急がず、循環負荷の少ない手段を選ぶ。

1-5 リンパ浮腫の複合的治療と生活指導

乳がん・子宮がん・卵巣がん・前立腺がんなどの手術(リンパ節郭清)や放射線療法の後に、上肢や下肢にリンパ浮腫が起こる。リンパ浮腫は蛋白を多く含む間質液の貯留であり、心不全や腎疾患の浮腫とは治療が違う。

病期(国際リンパ学会〈ISL〉の分類)

病期状態
0期リンパ液の輸送障害はあるが、浮腫が目に見えない潜在期
Ⅰ期浮腫があり、患肢の挙上で軽減する。圧痕が残る(圧窩性)
Ⅱ期挙上だけでは改善しない。進むと皮膚・皮下が線維化して硬くなり、圧痕が残りにくくなる(非圧窩性)
Ⅲ期リンパうっ滞性象皮病。皮膚の肥厚・角化など

複合的治療(複合的理学療法・CDT)

柱内容と要点
① スキンケア皮膚を保湿し清潔に保つ。乾燥・亀裂は皮膚のバリアを壊し蜂窩織炎(リンパ管炎)の入口になる
② 用手的リンパドレナージ(MLD)皮膚をやさしく動かしてリンパの流れを促す。禁忌がある(下記)
③ 圧迫療法多層包帯法(弾性包帯)、弾性着衣(スリーブ・ストッキング)。維持期は患者本人が自分で行えるよう指導する
④ 圧迫下での運動療法圧迫をした状態で運動すると、筋ポンプでリンパ・静脈の還流が促される。圧迫を外して運動すると効果が落ちる
+ 体重管理肥満はリンパ浮腫を悪化させる。適正体重の維持はセルフケアの基本

用手的リンパドレナージの禁忌の代表:蜂窩織炎などの急性炎症・感染、急性深部静脈血栓症、非代償性(うっ血性)心不全、未治療のがん。疾患や状態を問わず実施できるわけではない。圧迫療法も急性炎症・非代償性心不全・重い動脈血行障害では行わない。急性炎症期は圧迫下の運動も中止する(行うと感染を広げる。下記)。

蜂窩織炎を起こしたとき

  • 急性期(薬物療法中)は圧迫・用手的リンパドレナージ・圧迫下運動を中止する。
  • 患部は安静にし、熱感・疼痛には冷却を行う。
  • スキンケア(清潔・保湿)は休止しない。感染予防の土台なので継続する。
  • 急性感染部位への電気刺激(TENSなど)は用いない。
  • 炎症がおさまったら複合的治療を再開する。

日常生活指導

勧めること避けること
患肢の保湿・清潔カミソリでの剃毛・むだ毛処理(皮膚を傷つけ感染の入口になる。除毛が必要なら皮膚を傷つけない電気シェーバーなど)
患肢の挙上(リンパの還流を促す)患肢を低い位置(下垂位)に保つ
適切な弾性スリーブ・ストッキングでの圧迫上腕などを締め付ける衣服・装身具(還流を妨げる)
ぬるめの入浴熱い風呂・サウナ(血管が拡張しリンパの産生が増える)
外傷・虫刺され・日焼けを防ぐ患肢での採血・血圧測定・注射
体重管理—

利尿薬・水分制限はリンパ浮腫に無効。蛋白を含む間質液の貯留なので、水分を減らしても浮腫は引かず、脱水を招くだけである(利尿薬の長期使用はむしろ有害とされる)。「むくみ=水を減らす」の発想で選ばない。

1-6 進行がん・緩和ケアの理学療法

緩和ケアのリハビリテーションの原則はQOLの向上と患者の意思の尊重。病状と本人の希望に合わせて、理学療法の内容を柔軟に変更する。

緩和ケアでよく出る「一律の禁止」は誤り

介入緩和ケアでの扱い
病名告知告知の有無にかかわらず理学療法を行う。告知は理学療法の前提条件ではない。本人の状況・心理面に配慮する
呼吸介助呼吸困難の緩和に有用。肺がんでも一律禁忌ではない
温熱療法腫瘍の直上を避けるなどの配慮をすれば、疼痛緩和の目的で行える場合がある
リンパ浮腫への理学療法複合的治療(1-5)は緩和ケアでも重要な治療。行わない、ではない

緩和ケアの選択肢で「〜は禁忌」「〜は行わない」「〜を前提とする」と一律に断定するものは誤りになりやすい。実際は「配慮しながら行う」「状態に応じて選ぶ」。

進行がんで閉じこもりがちな時期

  • 化学療法後に病状が進行し(多発転移など)、全身倦怠感・食思不振・悪心があり、外出する気分になれず自宅に閉じこもる、という時期は維持的〜緩和的な段階(1-1)。
  • 目標はQOLの維持・活動性の維持・廃用予防・気分転換。本人が負担なく行える屋外での歩行(散歩)などが合う。
  • 漸増的な持久性運動は倦怠感・食思不振のある時期には過負荷。
  • 症状として訴えのない問題への介入(嚥下障害の訴えがないのに嚥下練習、痰・呼吸困難がないのに排痰手技、明らかな麻痺がないのに促通運動)は優先しない。いま本人が困っていることに合わせて選ぶ。

がん性胸膜炎・胸水で呼吸困難がある場合

  • 安静時から呼吸困難がある時は起座位・前傾座位など呼吸が楽な姿勢をとらせ、背臥位は避ける。
  • 痰が多い場合はハフィングで負担を少なく排痰を促す(1-3)。
  • 有酸素運動のような負荷の大きい運動は行わないが、理学療法をすべて中止するのではなく、症状を和らげる介入を続ける。