第1章|高次脳機能障害の全体像と症状の見分け方

高次脳機能障害 第1章

1-1 高次脳機能障害とは:特徴・原因・4つの中核症状

高次脳機能障害は、脳損傷によって記憶・注意・遂行機能・言語・行為・認知・感情などの高次の精神機能が障害された状態である。運動麻痺が無くても生活や仕事が回らなくなる。

項目押さえる内容
見え方外見から分かりにくい(「見えない障害」)。周囲の理解が得られにくく、怠け・性格の問題と誤解されやすい
性格・行動前頭葉損傷を中心に易怒性・脱抑制・感情コントロール困難などの性格変化が起こる
症状と部位症状は損傷部位によって異なる(前頭葉→遂行機能・行動、右頭頂葉→半側空間無視、側頭葉内側→記憶 など)
原因と年齢60歳以上では脳血管障害が多い。若年者では外傷性脳損傷(交通事故・転落)が多い
病識本人が障害に気付きにくい(病識の低下)ことが多く、訓練・復職の妨げになる

行政的な高次脳機能障害の中核4症状

  • 記憶障害:新しいことを覚えられない、同じことを何度も聞く
  • 注意障害:気が散る、ミスが多い、長続きしない、2つのことを同時にできない
  • 遂行機能障害:段取りが立てられない、計画どおりに進められない、指示されないと動けない
  • 社会的行動障害:易怒性・脱抑制・依存的・意欲や発動性の低下・こだわり など

「外見で容易に判断できる」「性格の変化はみられない」「損傷部位によらず症状は一定」はいずれも誤り。高次脳機能障害の特徴はその逆である。

外傷性脳損傷(頭部外傷)・びまん性軸索損傷

項目びまん性軸索損傷(DAI)の特徴
原因交通事故・転落などの高エネルギー外傷。脳白質の広範な剪断損傷
経過受傷直後からの意識障害が多い。認知障害は遷延しやすい(回復良好とはいえない)
生活上の問題社会的行動異常(易怒性・脱抑制・アパシーなど)が生活・就労で問題になりやすい
合併脳幹・小脳の損傷を伴えば運動失調も呈しうる。四肢・体幹の外傷の合併は多い
症状注意障害・記憶障害(新しいことを覚えられない)・遂行機能障害が目立つ。運動麻痺は無いこともある

若い人の交通事故・転落+運動麻痺なし+「段取りが悪い・怒りっぽい・覚えられない」=外傷性脳損傷による高次脳機能障害の典型像。国試の事例の多くはこの形で出る。

くも膜下出血(前交通動脈瘤)と記憶障害

前交通動脈瘤の破裂・クリッピング術後や塞栓術後には、前脳基底部の損傷で健忘症候群(新しい出来事・人の名前が覚えられない=前向性健忘、作話を伴うKorsakoff症候群様)が生じやすい。言語・身体機能は保たれることが多い。評価は記憶検査(WMS-Ⅲ・RBMTなど)と全般的認知機能のスクリーニング(MMSEなど)。

1-2 損傷部位と症状の対応

画像(CT・MRI)や損傷部位から症状を選ばせる問題が多い。右利き=左半球が優位半球として読む。

部位主な高次脳機能障害
前頭葉(背外側)遂行機能障害・発動性低下(ボーッとしている、促されないと動かない)・保続
前頭葉(眼窩面)脱抑制・易怒性・社会的行動障害・モリア
左前頭葉下部(Broca野)Broca失語(運動性失語)
前頭葉(運動野・運動前野)肢節運動失行
補足運動野・脳梁拮抗失行(左右の手が逆の動き)・道具の強迫的使用(前頭葉内側)
右頭頂葉(下頭頂小葉・側頭頭頂接合部)左半側空間無視・着衣失行・構成障害・病態失認
左頭頂葉(角回周辺)Gerstmann症候群(失算・失書・手指失認・左右失認)・失読失書・観念失行・観念運動失行
頭頂葉(体性感覚連合野)触覚失認(損傷と反対側の手に生じる)
両側頭頂後頭葉Bálint症候群(視覚失調・精神性注視麻痺・視覚性注意障害)。視覚失調は一側の頭頂葉後部の損傷でも生じうる
後頭葉(視覚連合野)・後頭側頭葉視覚失認・相貌失認(紡錘状回)・純粋失読
両側後頭葉(一次視覚野)皮質盲・Anton症状(見えていないのに見えているように振る舞う)
側頭葉(上側頭回)聴覚失認・Wernicke失語(左)
側頭葉内側(海馬)・視床・乳頭体・前脳基底部記憶障害(健忘):同じことを何度も聞く、新しい道順を覚えられない

ひっかけの定番:着衣失行は後頭葉ではなく頭頂葉、運動性失語は頭頂葉ではなく前頭葉、失読失書は前頭葉ではなく角回(頭頂葉)、聴覚失認は前頭葉ではなく側頭葉、左右失認は右半球ではなく左半球、顔の左側の髭の剃り残し(左半側空間無視)は後頭葉ではなく右頭頂葉、順序立てて実行できないのは後頭葉ではなく前頭葉。

画像問題の手順:①病変は左右どちらの半球か(画像の右が患者の左)→②前・頭頂・側頭・後頭のどこか→③右頭頂なら「左半側空間無視」、左頭頂(角回)なら「Gerstmann症候群(失算・左右失認など)」、左前頭なら「運動性失語」。

1-3 記憶の分類と記憶障害の見分け方

分類保持する時間・内容確かめ方の例
即時記憶数秒〜数十秒言われた数字をすぐ繰り返す(数唱・Digit Span)
近時記憶数分〜数日「昨夜の夕飯のおかずは?」・数分後の単語の再生
遠隔記憶数年〜数十年前昔の職歴・歴史的出来事
作動記憶(ワーキングメモリー)情報を一時的に保持しながら操作する数字の逆唱・聞いた数字を小さい順に並べ替えて答える・暗算
手続き記憶技能・手順(非陳述記憶)自転車の乗り方・楽器の演奏
展望記憶未来の予定を覚えておく「3時に薬を飲む」を忘れずに実行する
意味記憶知識・概念言葉の意味・一般常識

「数字を口頭で聞いて並べ替えて答える」は保持+操作なので作動記憶。そのまま繰り返すだけなら即時記憶。見当識障害・意味記憶障害・言語流暢性障害とは別物。

前向性健忘と逆向性健忘

種類障害されるもの対応の例
前向性健忘発症(受傷)後の新しい出来事が覚えられないメモリーノート・アラーム付き時計・リアリティオリエンテーション・展望記憶訓練
逆向性健忘発症(受傷)前の記憶が思い出せないアルバム療法(過去の写真・記録で記憶を再活性化)

展望記憶訓練は「これからの予定」を扱う=前向性健忘向け。逆向性健忘(過去の記憶)と組み合わせるのは誤り。

1-4 失行・失認の見分け方

失行

種類できないこと検査の例
観念運動失行口頭命令・模倣での慣習的動作・パントマイム(道具を持ったつもりの動作)「敬礼」「おいでおいで」の模倣、「歯を磨くまねをしてください」
観念失行実際の道具の使用・一連の系列動作お茶を入れる、金槌で釘を打つ、紙を折って封筒に入れる
肢節運動失行手指の巧緻的な動作が拙劣(前頭葉)ボタンかけ・つまみ動作
着衣失行服の左右・裏表・袖の対応がわからない(右頭頂葉)更衣場面の観察
拮抗失行一方の手の動きをもう一方の手が妨げる(脳梁)行為の観察

失行の総合検査はSPTA(標準高次動作性検査)。「物品の名前を答える」は呼称=言語の検査で、失行の検査ではない。

観念失行は「道具の一連の操作は可能」ではない(一連の操作ができないのが観念失行)。観念運動失行は検者が見せる「敬礼」の模倣ができない。

視覚失認

種類特徴
統覚型視覚失認形そのものがまとまらない。模写ができない
連合型視覚失認模写はできるのに何かわからない(形の知覚は保たれ、意味と結びつかない)。触る・音を聞くとわかる
相貌失認よく知った人の顔がわからない。声を聞けば誰かわかる
純粋失読字が読めない。指でなぞると読める。書字は保たれやすい
同時失認個々の物は認識できるが、全体の状況がつかめない
色彩失認色の名前と色が結びつかない。同じ色を選ぶ(色の弁別)はできる

視覚失認の検査はVPTA(標準高次視知覚検査)。視覚性物体失認の病巣は後頭葉〜後頭側頭葉で、前頭葉ではない。

「描き写せたのに『これは何?』に答えられない」=連合型視覚失認。観念失行・拮抗失行・相貌失認と取り違えない。

1-5 前頭葉症状・社会的行動障害・半側空間無視の本質

症状内容
遂行機能障害(実行機能障害)目標設定・計画立案・実行・モニタリング・修正の障害。「指示されたことはできるが自分で段取りを考えられない」「片付けの段取りが悪い」「支度が整わず時間に遅れる」
発動性低下・アパシー意欲・自発性の低下。日中ボーッとしている、促されれば行う、自発話が少ない
脱抑制衝動を抑えられない。脈絡なく人に話しかける、職場でトラブル
易怒性些細なことで怒る。病識が乏しいことが多い
モリア多幸・ふざけ・冗談好き(前頭葉)
注意障害話の内容が急に変わる、作業がすぐそれる、見落とし・ミスが多い

「遂行機能障害は計画立案が保たれる」は誤り。計画立案の障害が中核症状である。

半側空間無視は視野欠損ではない

  • 半側空間無視(USN)は右半球(右頭頂葉)損傷で左側の空間・物に注意が向かない状態。同名半盲が無くても起こる
  • 半盲の患者は欠損に気付いて首を振って代償するが、無視の患者は左側に気付かない
  • 日常の現れ:食事で皿の左側を残す・車椅子駆動で左側にぶつかる・顔の左側の髭を剃り残す・頭部や視線が右を向いたまま・左側からの声掛けに気付きにくい
  • 右側に人や物が多いと、注意は右側へ引きつけられる(左へそれるのではない)

「半側空間無視は視野欠損が原因」は誤り。左半側空間無視では皿の右側ではなく左側を残す。起き上がり・誘導も無視側(左)からは反応が悪く、右側からのほうが反応が良い。