第2章|認知症の作業療法

認知症 第2章

2-1 作業活動の選び方と課題の設定

認知症の作業療法の原則は「残っている力でできる活動で、失敗させずに成功体験を積む」。自尊心・自己効力感の回復は成功体験から生まれる。

観点適切不適切
活動の種類本人が長年親しんだ趣味・なじみの活動(手続き記憶・長期記憶に残りやすい)。生活歴を重視して選ぶ初めての活動・新しいことへの挑戦(新しい学習が難しい)
難易度工程が少ない・短時間で完了する。壊れにくい素材・危険な道具を使わない精密な課題、手順の多い課題、計算ドリルのような「できない所を突きつける」課題
説明一工程ずつ、短く具体的に、見本を見せて全工程をまとめて説明する、抽象的な指示
時間の管理疲労や時間を自分で管理しにくいので、休憩の時間管理は作業療法士が行う。活動の時間帯は覚醒水準に合わせる本人任せ
担当・場担当者を固定し、なじみの関係をつくる。参加者との自然な交流は活かす複数の作業療法士が交替で担当する。交流を制限する
尊厳大人の活動として設定する。作品の感想を言い合う場面も役に立つ単純化のために幼稚な活動にする

以前の趣味でも、症例文に「できなくなった」「自信を失った」とある活動や、今の認知機能では手順が複雑すぎるもの(手順の多い洋裁など)は失敗体験になる。その場合は歌・詩吟のように手続き的に残りやすく、失敗しにくいなじみの活動を選ぶ。本人が熱心だった活動で、できなくなったという記述が無ければ導入に使える(混乱・興奮が強い間は先に場に慣れる。2-2)。判断の手がかりは点数の区切りより症例文の記述に置く。

在宅生活での助言(軽度のAlzheimer型)

  • 注意の分配が難しくなるので、家事を複数同時に進めない(一つ終えてから次へ)
  • 家事は減らさない。役割として続けることが活動性と自信を保つ
  • 昼の居眠りがあるときに休息を増やすと、活動低下・昼夜逆転を招く
  • 「今日は何日?」「この人は誰?」と試す質問を繰り返さない(失敗体験と苦痛になる)。日付は「今日は○月○日ですね」とこちらから伝えて確認する

迷ったら「その選択肢は失敗させるか、混乱させるか」で判断する。どちらかに当たる選択肢は外す。

2-2 導入期の関わりとBPSDへの対応

入院・入所・導入の直後

環境の変化そのものが混乱とBPSDを強める。入院直後や作業療法の導入時に優先するのは、能力の向上でも行動の統制でもなく、新しい環境(施設・病棟・作業療法室)への適応、場の雰囲気に慣れること、安心感と信頼関係の形成である。

導入期に優先するこの時期に優先しない
場所・人に慣れる援助/安心できる関係づくり/施設環境への適応作業能力・記憶力の改善を目的とした活動/職業リハビリテーション/行動の統制・叱責/趣味の大きな拡大/なじみの趣味の作業(木工など)の導入も、混乱・興奮が強い間は後回し

なじみの活動を使う(2-1)のは落ち着いてから。導入時に見当識障害の言動・歩き回る・暴言など混乱・興奮が強ければ、趣味の作業より先に場の雰囲気に慣れる援助。落ち着いた後なら、熱心だった趣味の作業を導入に使える。

BPSD・周囲を困らせる行動への対応

対応判定理由
本人に理由を尋ねる・行動のパターンから原因を探る適切行動の背景にある不安・ニーズ・身体の不快に対処できる
注意する・叱責する不適切不安と興奮を強める
論理的に説得する不適切理解・保持が難しく混乱を招く
すぐに制止する不適切抵抗・興奮を招く
黙認する不適切暴力など安全に関わる行動は放置できない
新しい住環境を用意する不適切環境変化はBPSDを悪化させる

見当識障害による言動(「ここは学校?」「仕事があるので帰る」など)や妄想・幻視を、叱らない・頭ごなしに否定しない・言い負かさない。気持ちを受け止め、安心できる対応に切り替える。

コミュニケーションの配慮

  • 静かな環境で、1対1で、正面から目線を合わせる
  • 指示は短く・一つずつ・具体的に(詳細すぎる指示は混乱する)
  • 身振り・表情・実物などの非言語的手がかりを使う
  • 話題は本人の生活歴や関心に関係のあるものにする
  • 沈黙しても急いで話題を変えず、待つ

2-3 環境調整と非薬物療法

環境調整

適切不適切
なじみの物・使い慣れた道具を置く
親しみやすい家庭的な環境
自室やトイレの場所をわかりやすく表示(文字・写真・目印)
見守りしやすい配置
居室のプライバシーの確保
生活の道具を新しいものに入れ替える(使い方がわからなくなる)
頻繁な席替え・部屋替え
刺激の多いにぎやかな環境

代表的な非薬物療法

方法内容目的
リアリティオリエンテーション(RO/現実見当識訓練)日時・場所・人物などの正しい情報を繰り返し提示する。日常の関わりの中で行う24時間ROと、少人数で行うクラスルームRO(教室型RO)がある見当識・認知機能の維持・改善
バリデーション療法本人の感情や本人なりの現実を受け入れ共感する。誤りを訂正しない(ROと対照的)不安の軽減・尊厳の保持
回想法(作業回想法)昔の写真・道具・作業を手がかりに過去の経験を語る情緒の安定・自尊心・QOL
音楽療法歌唱・合奏・鑑賞BPSDの軽減・活動参加
ユマニチュード「見る・話す・触れる・立つ」を柱とするケアの技法関係づくり・介護への抵抗の軽減
ルーティン化療法常同行動を利用して、望ましい活動を決まった日課に組み込む主に前頭側頭型認知症の生活の安定(2-4)

「認知機能を高める」「正しい日時や場所を繰り返し示す」と問われたらRO。回想法・バリデーション・ピアサポート・マインドフルネスは認知機能の向上を主目的にしない。認知症に行われる療法として音楽療法とROは正しく、内観療法・森田療法・精神分析療法は認知症向けではない。

2-4 前頭側頭型認知症の作業療法

脱抑制・常同行動・食行動異常・注意の転導(立ち去り)が中心。言葉での説明・説得・禁止は効きにくいので、環境の側を変えることと、常同性を活かすことで対応する。記憶や手続き的な能力は比較的保たれている。

場面適切な対応不適切な対応
食べることが止められない・他人の食事を取る食材を見えない場所に移す/食事が終わったらすぐ、本人が関心を示す活動(歌など)を毎回決まって導入し、問題が起きる場面から切り離す減量の必要性を説明する/「食べてはいけない」と言葉で伝える/他の患者に我慢してもらう/本人が関心を示さない活動を入れる
作業の途中で立ち去る・注意がそれる道具や材料を見せながら声をかけて作業に戻す/道具を見やすい所に置く「立ち去ってはいけない」とはっきり伝える/初めての手工芸/担当者や場所の変更
作業の進め方決まった手順・決まった席・決まった時間(ルーティン化)/簡潔で具体的な指示抽象的な指示/複雑な判断を求める/頻繁な席替え
失敗・易怒性叱らない。刺激を減らし、できる工程を任せる失敗を叱責する
参加の拒否関心のある活動・場面から誘う活動の内容を丁寧に説明して説得する

常同行動は無理にやめさせない・別の行動に切り替えさせようとしない。日課の中に望ましい形で組み込んで利用する(ルーティン化療法)。言語・読字の障害を伴うことがあり、口頭指示が通じないから紙に書けばよい、とはならない。

FTDの対応は「言葉より環境、禁止より先回り、変化より決まりごと」。先回り=問題が起きる場面の直後に、本人が関心を示す活動を毎回決まって入れる。常同行動そのものは別の行動に切り替えさせず、日課に組み込む。

2-5 Lewy小体型認知症の作業療法

特徴作業療法での対応
認知機能の日内・日間変動日内変動に注意し、状態の良い時間帯に活動を設定。その日の覚醒に合わせて内容と量を調整する
パーキンソニズム(動作緩慢・姿勢保持不良・小刻み歩行)転倒予防。転倒しやすいことを本人にも伝えて注意を促す。活動量は減らさず廃用を防ぐ。リズムのある反復動作は動きを引き出すのに使える
起立性低血圧(立ちくらみ)立ち上がり時のふらつきに注意。ゆっくり立つ
具体的な幻視・誤認否定も肯定もせず、見えている内容と気持ちを受け止める。部屋を明るくし、見間違いやすい物(光る物・影になる物)を減らす

幻視を「それは幻覚です」ときっぱり正す・何度も話し合うのは誤り。部屋を薄暗くするのは誤認を増やす。運動を控える・車椅子で移動させるのは廃用を招く。未経験の活動・複数課題の同時進行・メンバーの頻繁な入れ替えも混乱を招く。性的逸脱行為への注意はFTDの方の話。

2-6 MCI・家族支援・地域生活

MCIへの外来作業療法

MCIではADLはおおむね自立しており、本人が記憶の低下を自覚して「認知症になるのでは」という不安を抱えている。導入時の最優先は記憶低下に対する不安の軽減と信頼関係づくり。記憶障害の改善・身辺動作の改善・徘徊や攻撃性への対応は、この段階の最優先ではない。

家族支援・訪問作業療法

  • BPSDで家族が疲弊している在宅事例では、まず家族への助言(症状の理解と対応方法、介護負担の軽減)を行う。家族が対応を変えると本人も落ち着く
  • 本人が集団やデイサービスを拒否している段階で、趣味の拡大や機能訓練を先に置かない
  • 介護者が高齢・自身も認知症の初期という「認認介護」「老老介護」では、介護者の負担に特に目を向ける
  • 服薬管理の指導は主に医師・看護師・薬剤師の領域

地域・施設のサービス

  • 通所(デイケア・重度認知症患者デイケア・デイサービス)、訪問作業療法、介護老人保健施設(在宅復帰の中間施設)、グループホーム(認知症対応型共同生活介護)などを使い分ける
  • 重度の在宅高齢者の訪問では、褥瘡など身体の問題にも目を配り、栄養・摂食状況の確認など多職種と連携する

「まず行うべきこと」を問われたら、本人の不安と環境への適応、在宅なら家族(介護者)への助言を先に考える。能力の向上は安心の後。