第3章|ADL・環境調整・社会参加

脳卒中 第3章

3-1 起居・移乗・歩行

立ち上がり

正しい誤り
浅く腰掛ける深く座らせる(殿部が後ろに残り後方重心が強まる)
足部を膝より後方に引く足部を膝より前に出す
体幹を前傾させ重心を前へ移す(視線は前下方)天井を見る(体幹が後傾する)
両足は適度に開いて支持基底面を確保両足の内側を密着させる
—介助者がズボンを引き上げる

後方重心で立てない人への対応は、すべて「重心を前に移しやすくする」方向で考える。

ベッド⇔車椅子の移乗

  • 原則は非麻痺側(健側)へ向かって移る。車椅子は移る先が健側に来るよう、ベッドに対して斜め(20〜45°程度)に置く。平行に置くと回転量が大きくなる
  • 回転の軸は非麻痺側の下肢。麻痺側下肢を軸にしない
  • 立ち上がりと同じく、浅く腰掛け・前傾してから立つ
  • 初回評価の介助位置:作業療法士は麻痺側を保護できる位置(麻痺側の前方寄り)で、転倒しやすい方向を守りながら観察する
  • FIMで「片方向だけ触れる介助が要る」なら移乗は4点(1-3)

杖歩行

歩行順序
常時2点支持(3動作歩行)杖→麻痺側の脚→非麻痺側の脚。常に2点が床についている
2点1点交互支持(2動作歩行)杖と麻痺側の脚を同時に→非麻痺側の脚

杖は非麻痺側の手で持つ。左片麻痺なら右手に杖を持ち、常時2点支持の歩き出しは「杖→左脚→右脚」。

歩行の自立に関わる障害

半側空間無視(障害物・方向の見落とし)、両側性の片麻痺、深部覚障害(足の位置がわからない)、注意障害は歩行の自立を大きく妨げる。失語症は言語の障害で、歩行の自立との関連は小さい。

3-2 更衣・自助具・利き手交換

着衣・脱衣の基本

着るときは麻痺側から、脱ぐときは非麻痺側から(着患脱健)。

  • 前開きシャツは麻痺側の袖を先に通し、肩まで十分に引き上げてから非麻痺側の袖を通す
  • 服はゆとりのある大きめのものを選ぶ(ぴったりした服は通しにくい)
  • 導入は座位から。立位が取れるまで待つ必要はない
  • ズボンは座位で麻痺側の脚から通し、立位で引き上げる。立位バランスが不十分なら手すり・壁にもたれて行う

自助具の選び方

まず利き手が麻痺しているかどうかと、どの動作に両手が要るかを見る。

自助具使う場面・対象
固定式爪切り片手で非麻痺側の爪を切る(片手で爪切りは扱えないため)
固定式爪ブラシ片手で非麻痺側の手・爪を洗う
ループ付きタオル背中を洗う。麻痺手でもループを引っかけて参加できる
長柄ブラシ・長柄スポンジ肩の可動域制限などでリーチが届かないとき
ボタンエイド手指の巧緻性・つまみ力が低いとき
ソックスエイド股関節屈曲の制限などで足先に手が届かないとき
滑り止めマット・すくいやすい皿・太柄スプーン片手での食事

可動域制限も座位バランスの問題もない片麻痺に長柄ブラシやソックスエイドは要らない。非麻痺手が届く・使えるのに専用具を選ばない。

利き手交換

  • 利き手側が重度の麻痺(上肢Ⅲ・手指Ⅱなど、実用手の回復が見込みにくい)で、回復期にADLの自立度を上げたいとき、非利き手での書字・食事・更衣の練習を行う
  • 食事が修正自立(FIM 6)でも更衣などの自立度が低ければ、利き手交換を含むADL訓練を進める。重度麻痺の上肢の機能回復だけを優先しない
  • 発症直後(急性期)に回復を見ずに利き手交換を始めるのは早すぎる(2-1)
  • 利き手が麻痺していない(例:左利きの右片麻痺)なら利き手交換は不要。両手動作を片手化する自助具を考える

3-3 下肢装具と上肢装具

下肢装具の選択

所見装具
膝は安定(膝折れ・反張膝なし)、内反尖足あり短下肢装具(AFO)
膝折れがあり膝の支持性が低い(重度麻痺・早期の立位歩行練習)長下肢装具(KAFO)
体幹・股関節の支持も要る骨盤帯付長下肢装具

ステージの数字だけで決めず、膝が安定しているかで長・短を分ける。下肢Ⅲでも膝折れがなく内反尖足だけなら短下肢装具で早く歩ける。

上肢・手の装具

装具目的
パンケーキ型装具手指屈曲の痙縮・拘縮に対し、手指と手掌を開いた位置に保つ。手掌の清潔(手指衛生)の保持、拘縮の進行予防
コックアップ・スプリント手関節背屈位の保持(橈骨神経麻痺など)
ナックルベンダーMP関節の屈曲を促す(尺骨神経麻痺の鉤爪変形など)
BFO(ball bearing feeder)上肢近位筋の高度な筋力低下で、前腕を支えて食事などを可能にする(頸髄損傷など)
アームスリング弛緩期の肩関節亜脱臼の保護(2-4)

3-4 住環境の調整と在宅復帰支援

住環境調整の考え方

状況調整
夜間頻尿・切迫性尿失禁寝室をトイレに近い部屋へ移し、動線を短くする
トイレの扉外開きまたは引き戸。内開きは中で倒れると開けられず、出入りの空間も狭い
屋外スロープ端は段差なしでなめらかに。わずかな立ち上がりもつまずきの原因
トイレのL型手すり横手すりは座位保持・立ち上がりに、縦手すりは便座の前方に設け、立ち上がりと立位保持に使う
浴室本人の能力に合わせる。杖歩行が自立している人に天井走行リフトは過剰

住環境の調整は「その人の一番困っている場面」から。夜間の頻尿なら寝室とトイレの距離が最優先。

在宅復帰支援

  • 回復期では入院早期から家屋評価を行う(退院直前では改修が間に合わない)
  • 在宅スタッフへの申し送りは略語を避け、生活場面での具体的な方法を伝える。病院の訓練内容をそのまま続けてもらうのではない
  • 訪問で介護者の疲労(介護負担)に気づいたら、まずケアマネジャー(介護支援専門員)に報告し、チームで対応する。作業療法士が単独でサービス導入や受診・施設入所を決めない

3-5 自動車運転の再開と復職

自動車運転の再開

  • 脳卒中後の運転再開は、運転免許センターでの臨時適性検査(または医師の診断書の提出)を経て公安委員会が判断する
  • 運転再開の許可を作業療法士が出すことはない。作業療法士は手続きの説明、運転に要る身体・認知機能の評価、車両改造の助言を担う
  • 免許の更新のために教習所へ通う必要はない。家族の同乗を条件にする制度でもない
状態車両改造の例
右片麻痺(右上肢・右下肢が使えない)ハンドルに旋回ノブ(片手でハンドルを回す)+左アクセルペダル(左足で操作)
両下肢が使えない(脊髄損傷など)手動運転装置(手でアクセル・ブレーキ)

歩行が自立している片麻痺に移乗ボードは不要。体幹機能に問題がなければ体幹ベルトも不要。

復職支援

正しい誤り
通勤に必要なIADL(公共交通機関の利用)を優先して評価する。家事を家族が担っているなら調理などは後回し復職と関係の薄い家事IADLを先に評価する
まず通勤手段を確認する(電車か自動車か。自動車なら運転再開の手続きも要る)機能が十分なのにいきなり配置転換を求める
実際の職場環境・作業場面で職業評価を行う主治医の診断書があれば復職できると伝える
雇用後も定着支援(ジョブコーチなど)を続ける雇用されたら支援を終える
課題が残っていても、支援を受けながら就労へ進む就労準備を課題がなくなるまで続ける
一人で通勤できる方法を練習する家族の付き添いを前提にする
機能がほぼ回復した時期は、運動機能訓練より社会参加の支援へ麻痺手が完全に回復してから復職を考える