第1章|症状・評価とリスク管理

うつ病・双極性障害 第1章

1-1 うつ病の症状と病前性格

作業療法の場面で「どの症状が出ているか」を問う問題は、うつ病・躁状態・統合失調症の症状の取り違えを突いてくる。まず症状を3つの病態に振り分けられるようにする。

領域うつ病(うつ状態)躁状態統合失調症(区別用)
思考の流れ思考制止(思考抑制・思考緩慢)。考えが浮かばない、頭が回らない、返答に時間がかかる、声が小さい観念奔逸(考えが次々に湧く・話題が飛ぶ)思考途絶・滅裂思考(連合弛緩)
思考内容(妄想)微小妄想=罪業妄想・貧困妄想・心気妄想(うつ病の三大妄想)誇大妄想(血統妄想・発明妄想など)被害妄想・注察妄想・被毒妄想
自我・幻聴——思考伝播・思考奪取・させられ体験(自我障害)、思考化声(自分の考えが声になって聞こえる幻聴)
気分・自己評価抑うつ気分、興味・喜びの喪失、無価値感・罪責感、自責気分高揚・易怒性、自尊心の肥大感情鈍麻(陰性症状)、両価性(Bleulerの基本症状)
活動・行動意欲低下、精神運動制止(動作・反応が遅い)、易疲労活動の亢進(目標志向性の活動増加)、多弁、浪費・不要な買い物、早朝から人に電話するなど—
睡眠・身体早朝覚醒・不眠、食欲低下・体重減少睡眠欲求の減少(少ない睡眠でも疲れない)—
注意集中力低下注意散漫(注意がそれやすい)—

躁状態は「注意力が増強する」のではない。注意散漫(転導性の亢進)が診断基準に入っている。逆に「睡眠欲求の減少」「自尊心の肥大」「快楽的活動への没頭」は躁状態の特徴として正しい。

感情鈍麻・両価性・滅裂思考・思考途絶は統合失調症の側。強迫観念は強迫症の主症状。うつ病で作業療法を始める時期に目立つのは思考制止と意欲低下である。

妄想の内容で見分ける

  • 罪業妄想:「自分は生きているだけで迷惑をかけている」「自分のせいで会社がつぶれる」
  • 貧困妄想:実際には困っていないのに「お金がなくて生活できない」と確信する
  • 心気妄想(疾病妄想):医師が否定しても「不治の病にかかっている」と確信する
  • 見張られている(注察妄想)・嫌がらせを受けている(被害妄想)は統合失調症を考える

日内変動と病前性格

  • 典型的な(メランコリー型の)うつ病では抑うつ気分が朝に強く夕方に軽くなる(日内変動)。早朝は最も症状が重く活動性は低い。
  • 病前性格はメランコリー親和型:几帳面・真面目・責任感が強い・秩序を重んじる・他者への気遣いが強い。他人からの依頼を断れない、他人の評価を強く気にする。
  • 発症の契機は昇進・異動・転居・リフォーム・子の独立・出産など、負担の増加だけでなく「喜ばしい出来事」や役割の変化でも起こる。

「回りくどく説明する(迂遠)」は粘着性格・てんかんに関連する特徴。「不要な物を買い込む」「早朝から友人に電話をかける」は躁状態の行動。几帳面な性格のうつ病患者の特徴として選ばない。

仮性認知症

うつ病では集中力・意欲の低下のために物忘れが目立ち、認知症のように見えることがある(うつ病性仮性認知症)。作業場面では精神運動制止が目立ち、本人は能力の低下を気にして訴えることが多い。多幸的・社交的・能力低下に無関心、は当てはまらない。

認知の歪み(うつ病に特徴的な考え方)

名前内容
個人化(自己関連づけ)何でも自分のせいにする
二分法的思考(全か無か思考)白か黒かはっきりさせたがる
選択的抽出(心のフィルター)悪い面だけに注目する
破局視(拡大解釈)予測を悪い方へ膨らませる
極端な一般化(過度の一般化)少数の出来事から「いつも」「全部」同じ結果になると結論づける
感情的推論そのときの感情を根拠に現実を判断する
すべき思考「〜すべきだ」で自分を縛り、責める

否定的な自動思考を「状況・気分・自動思考・根拠・反証・適応的思考・今の気分」の欄に書き出して見直す方法はコラム法(思考記録表)で、認知療法(認知行動療法)の代表的な技法である。

1-2 双極性障害と躁転への対応

比較項目うつ病(単極性)双極性障害
有病率高い低い
男女差女性に多い(約2倍)男女差は小さい
発症年齢中高年の初発も多い若い(青年期〜若年成人)
遺伝的素因(一卵性双生児の一致率)相対的に低い高い
自殺のリスク高いうつ病より高い
薬物療法の中心抗うつ薬気分安定薬(炭酸リチウムなど)=再発予防・病相の頻度を減らす
  • Ⅰ型は躁病エピソード、Ⅱ型は軽躁エピソード+抑うつエピソード。重度の躁状態がみられるのはⅠ型。
  • うつ状態を診たら、過去に躁・軽躁の病相がなかったかを確認する。双極性障害を単極性うつ病と見誤って抗うつ薬だけを使うと、躁転や病相の不安定化を招くおそれがある。

躁転のサイン(抗うつ薬治療中)

抑うつが改善してきた時期に、急に多弁・大声・他患者への過干渉・スタッフに個人的な連絡先を聞いて回る・活動量の急増などが出たら、「元気になった」ではなく躁転を疑う。

状態の変化に気づいたら担当医・病棟スタッフにすぐ報告する。作業療法士がその場で独断で出入りを制限したり、活動を増やしたり(調理実習の計画など)、行動的になったことを褒めたりしない。個人の電話番号を教えるのは治療的な境界を越える。

服薬についての相談を受けたら

  • 「副作用が心配なのでやめたい」などの相談には、まず何が心配なのかを具体的に聞く(傾聴)。
  • そのうえで主治医に相談するよう勧める。薬の中止・減量は医師の判断事項であり、作業療法士が量を減らす・中止して様子をみる、を指示しない。
  • 「薬には副作用があるもの」と一般論で返すだけでは不安を受け止めていない。
  • うつ病・双極性障害とも気分がよくなっても自己判断で服薬をやめない(中断は再発を招く)。

躁病相の初期評価

躁状態では病識・自己洞察が乏しく、刺激にも反応しやすい。初期評価では問題行動を本人がどう捉えているかを問いただすことは適切でない。観察と、家族・病棟スタッフ・カルテなど他者からの情報を優先し、睡眠の状態、処方薬、併存疾患、病前に社会で担ってきた役割などを集める。

躁状態の作業療法は刺激を減らす(少人数・個別・静かな環境)、短時間で終わりが明確な作業、活動量と睡眠の管理が軸。競争的・発散的な集団活動で「エネルギーを発散させる」発想はとらない。

1-3 うつ状態の評価尺度

評価尺度の問題は「うつを測る尺度か」「自記式か他者評価式(非自記式)か」「どの疾患向けか」の3点で解ける。

尺度測るもの形式
SDS(Zung うつ性自己評価尺度)抑うつの程度(20項目)自記式
BDI-Ⅱ(ベック抑うつ質問票)抑うつの程度自記式
HAM-D〈HRS-D〉(ハミルトンうつ病評価尺度)抑うつの重症度他者評価式(面接で検査者が評定)
POMS(気分プロフィール検査)気分の状態。抑うつ-落ち込みの尺度を含む自記式
BPRS(簡易精神症状評価尺度)精神症状全般。抑うつ気分・罪責感などの項目を含む他者評価式
STAI状態不安・特性不安自記式
L-SAS社交不安自記式
うつ病の評価に選ばない尺度本来の対象
PANSS統合失調症の陽性・陰性症状
LASMI精神障害者(主に統合失調症)の社会生活能力(生活障害)
NPI認知症の行動・心理症状(BPSD)
TEG(東大式エゴグラム)交流分析にもとづく性格(自我状態)
WAIS-Ⅲ知能
WCST遂行機能(概念の転換)
SF-36健康関連QOL(包括的尺度)

「非自記式(他者評価式)のうつ尺度」と聞かれたらHAM-D。SDS・BDI-Ⅱは自記式の代表。抑うつ症状そのものの程度を測るならSDS・BDI-Ⅱ・HAM-D、うつ「を含む」尺度ならPOMS・BPRSも当てはまる。

1-4 作業療法開始時に集める情報

導入直後の評価は「負担をかけずに生活の全体像をつかむ」ことが目的。能力を試す評価・先の話は後回しにする。

集める(適切)この時期は避ける(不適切)
睡眠の状態(中核症状で回復の指標)復職の希望時期など将来の課題(焦りを招き休養を妨げる)
日中の過ごし方・生活リズム・活動量独力で調理ができるかなど負荷の高いIADLの実地評価
疲労感(活動量を決める基準)主観的疲労度を頻繁に聞く(圧迫感になる)
病気に対する認識・治療への姿勢得意だった作業(趣味の裁縫など)をさせての遂行観察
処方薬・副作用、併存疾患集団活動での行動特性の観察(導入直後は個別から)
病前の生活・役割・作業歴(本人の負担にならない範囲で)病前の水準と今を比べさせる課題

面接で返答がうまく出ないとき

  • 返答の遅さ・「動けない」「何もしたくない」という訴えはうつ病の症状そのものであり、導入を中止する理由にはならない。
  • 口頭のやり取りが負担な時期は、入院生活チェックリストのような簡便な記入式の道具で生活リズムや状態を把握し、関係づくりの糸口にする。
  • この時期に身体機能評価を優先しない。面接は個別で行う(パラレルな場は一定の活動性が前提)。
  • 退職など重大な問題を家族と相談させる・決めさせることはしない(1-5・2-1)。

「初回評価で優先するもの」の問題では、体力・作業能力・職場環境・調理能力など回復後に必要になる項目が誤りの選択肢として並ぶ。希死念慮がある時期なら、まず安全(自殺リスク)と症状・生活の把握が先である。

1-5 自殺のリスク管理と自殺の統計

自殺の話題を避けない。希死念慮は直接尋ねて確認・評価する(尋ねることで自殺を誘発するというのは誤解)。確認は急性期だけでなく、活動性が戻り始める回復期にも続ける。

「死にたい」と訴えられたとき

適切不適切
気持ちを否定せず、なぜそう思うのかを聴く(受容的・共感的傾聴、感情の表出を促す)「もっと苦しい人もいる」と比べる・軽く扱う
主治医・チームと情報を共有する(感情に向き合ったうえで)「頑張りましょう」と叱咤激励する
次の面接まで自殺しないことを約束する(死なない約束)「我慢して」と耐えることを求める
—訴えを「薬が効いていない」と薬の問題だけに置き換えて済ませる

自殺の危険因子(うつ病患者)

  • 自殺企図の既往(最も強い危険因子の一つ)、精神科入院歴、不安障害の合併、物質(薬物・アルコール)依存の合併
  • 性別:自殺企図は女性に多いが、既遂(自殺死亡)は男性に多い。「女性」は危険率を高める特徴には当たらない。
  • 双極性障害はうつ病より自殺のリスクが高い。

自殺予防の段階

段階内容例
一次予防普及啓発・教育(起こさない)住民向け健康教室、うつ病のパンフレット配布、ゲートキーパー(傾聴ボランティア)養成
二次予防早期発見・危機介入自殺念慮のある人への精神的ケア
三次予防事後対応(ポストベンション)・再発防止自死遺族へのグループケア、未遂者の再企図防止

わが国の自殺の統計(出題の傾向)

  • 自殺者数は男性が女性の約2倍。
  • 季節では春(3〜4月ごろ)に多い。秋ではない。
  • 原因・動機の最多は健康問題。家庭問題ではない。
  • 年齢階級別の自殺者数は、出題当時の統計で50歳代が最多。自殺者数はピーク(2003年ごろ)以降減少傾向であった(その後の年による増減があり、統計は年度で変わる)。