第2章|呼吸理学療法と生活指導

呼吸器疾患・呼吸リハ 第2章

2-1 呼吸法(口すぼめ呼吸・横隔膜呼吸)とリラクセーション

呼吸理学療法の目標は「深くゆっくり」。1回換気量を増やして呼吸数を減らし、呼吸補助筋の過活動を抑えて呼吸仕事量を減らす。「呼吸数の増加」「呼吸補助筋の活用」は目的と逆。「吸気の緩徐化」も目的として誤り(閉塞性でゆっくり長くするのは呼気。口すぼめ呼吸で呼気を延長する)。ゆっくり深く吸うこと自体を否定しているのではない(→下のインセンティブスパイロメトリ)。

口すぼめ呼吸

項目内容
対象COPDなど閉塞性換気障害
機序呼気時に口をすぼめて気道内圧を高く保つ(PEEP様効果)→ 末梢気道の虚脱(早期閉塞)を防ぐ → 呼出が改善
延長するのは呼気(吸気:呼気=1:2〜1:4。吸気は鼻から1〜2秒、呼気は4〜6秒が目安)
効果エアトラッピング・動的過膨張の軽減=機能的残気量の減少、呼吸数の減少と1回換気量の増加、呼吸困難・呼吸仕事量の軽減
やり方頬は膨らませず、軽く口をすぼめてゆっくり吐く

ひっかけは全部「向きが逆」。吸気を延長・呼吸数を増やす・機能的残気量(全肺気量)を増やす・呼吸仕事量を増やす・呼気時の気道内圧を下げるは、いずれも誤り。

横隔膜呼吸(腹式呼吸)

  • COPDでは肺の過膨張で横隔膜が平低化し、補助筋に頼った浅く速い呼吸になる。
  • 目的=1回換気量の増加、呼吸数の減少、呼吸補助筋(胸鎖乳突筋・斜角筋)の過剰な活動の抑制、呼気時に横隔膜の上方への移動を大きくして次の吸気の下降幅を確保すること。
  • 補助筋の筋力増強が目的ではない。重症例ではかえって呼吸仕事量を増やすことがあるので状態に応じて選ぶ。

肺胞換気量の計算

肺胞換気量=(1回換気量-死腔量)×呼吸数。死腔量は約150 mLでほぼ一定。

パターン(分時換気量6,000 mL/分で固定)1回換気量×呼吸数肺胞換気量
浅く速い300 mL×20回(300−150)×20=3,000 mL/分
標準500 mL×12回(500−150)×12=4,200 mL/分
深くゆっくり1,000 mL×6回(1,000−150)×6=5,100 mL/分

分時換気量を変えずに肺胞換気量を増やす方法=1回換気量を増やす・口すぼめ呼吸・横隔膜呼吸(いずれも深くゆっくりになる)。呼吸数を増やすと肺胞換気量は減る。呼気流速は計算式に入らない。

そのほかの手技(目的で分ける)

目的手技
排痰(気道クリアランス)体位排痰法(体位ドレナージ)、スクイージング、ハッフィング(声門を開いたまま「ハッ、ハッ」と強制呼出し、分泌物を中枢へ移動させる。胸郭の伸張が目的ではない)、咳嗽介助
換気の改善口すぼめ呼吸、横隔膜呼吸
肺容量の増大(無気肺の予防・改善)インセンティブスパイロメトリ(視覚フィードバックでゆっくり深い吸気を長く持続させる)、深呼吸練習
胸郭の柔軟性徒手的な胸郭可動域運動、ストレッチ、呼吸介助

リラクセーションと息切れ時の姿勢

  • リラクセーションの主目的は呼吸補助筋の過緊張の軽減と呼吸困難の緩和(心理的なリラックスが主目的ではない)。
  • 息切れ時は前傾座位(テーブルや膝に肘・上肢を乗せる起座呼吸位)。横隔膜が働きやすく、上肢を支えることで補助筋も使いやすい(パニックコントロール)。腹臥位ではない。

2-2 体位排痰法(体位ドレナージ)

大原則:痰のある区域を上にし、その区域の気管支が下(中枢側)を向く体位をとる。側臥位(またはそれを前後に傾けた体位)を使う区域(S2・S4/S5・S9など)では、右肺の病変なら左側臥位、左肺の病変なら右側臥位(左右が逆になる)。S1・S3・S6・S8・S10は下の表のとおり座位・背臥位・腹臥位を使う。

区域体位
肺尖区(S1)座位(やや後傾〜前傾)
後上葉区(S2・左はS1+2)患側を上にした側臥位から45°前方へ傾ける(例:左S1+2なら45°前方へ傾けた右側臥位)
前上葉区(S3)背臥位
中葉・舌区(S4・S5)患側を上にした側臥位から45°後方へ傾ける
上-下葉区(S6)腹臥位(腹部に枕・水平位)
前肺底区(S8)背臥位・頭低位(骨盤を高く)
外側肺底区(S9)患側を上にした側臥位・頭低位
後肺底区(S10)腹臥位・頭低位(骨盤の下に枕)

覚え方:腹臥位=背側の区域(S6・S10)、背臥位=前側の区域(S3・S8)、真横の側臥位=外側の区域(S9)、座位=上葉の頂上(S1)。肺底区(S8〜S10)は頭低位を加える。側臥位から前へ傾ければ上側肺の後方、後ろへ傾ければ前方の区域。

肺区域の図は、まず背面図か前面図か、次に左右のラベルを確認する。背面図には下葉(S6・S9・S10)と上葉後方が大きく描かれる。図の左側が患者の左とは限らない。胸部エックス線で右下肺野の病変に対し側臥位の中から選ぶなら、患側(右)を上にする=左側臥位。ただし下葉でも背側のS6・S10は腹臥位、前方のS8は背臥位なので、区域まで分かるときは表で決める。

頭低位は頭蓋内圧亢進、食後、循環動態が不安定な場合には避ける。

2-3 気管吸引・人工呼吸器・NPPV

気管吸引の基準

項目基準
吸引圧成人は20 kPa(150 mmHg)以下
1回の吸引時間10〜15秒以内(挿入から抜去まで)
カテーテルの太さ外径は気管チューブ内径の1/2以下
挿入の深さ気管分岐部に当てない(分岐部の手前まで)
挿入時陰圧をかけずに挿入し、陰圧は引き抜くときにかける
操作無菌操作・滅菌カテーテル。気道内で上下前後に動かす(ピストン運動)のは粘膜を傷つけるので行わない
モニタSpO2は90%以上を保つ。吸引前後に酸素化。SpO2の著明な低下・不整脈・急な血圧変動・出血で中止
吸引の合併症(代表例)合併症ではないもの(ひっかけ)
低酸素血症、不整脈・徐脈(迷走神経反射)、肺胞虚脱(無気肺)、気管支攣縮、気道粘膜の損傷・出血、感染肺うっ血(左心不全などによる肺循環のうっ滞で、吸引で直接は生じない)

吸引の適応は、水泡音(coarse crackles)など気道分泌物の貯留を示す所見・SpO2低下・換気量低下など。捻髪音(fine crackles)は痰の指標ではないので吸引の根拠にならない。咳を誘発しながら吸引するのも誤り。分泌物は先に体位排痰・スクイージング・加湿で中枢へ移動させておく。

人工呼吸器装着中の理学療法

  • 循環・呼吸が安定していれば、人工呼吸器装着中でも端座位・立位を含む早期離床を進める(廃用・ICU-AWの予防)。ベッドアップを一律60°までに制限する根拠はない。
  • 体位変換で気道内分泌物の移動を促す。
  • 挿管中は発声できないため、筆談・文字盤などで意思を伝えられるよう援助する。

NPPV(非侵襲的陽圧換気)

項目内容
しくみマスクで気道に陽圧を送り、胸郭と肺を膨らませて換気を補助する → 胸郭の可動性が制限されていると効果が低下する(胸郭可動性の維持がPTの役割)
主な適応COPDの増悪(Ⅱ型呼吸不全)、心原性肺水腫、神経筋疾患の慢性換気不全、睡眠時無呼吸など
適さない例重度の咽喉頭機能障害(気道確保できない・誤嚥)、自力で痰を出せない(咳嗽力がない)、意識障害で協力が得られない、顔面外傷など
長所気道にチューブを入れず声門をふさがないので会話・経口摂取ができる(会話できなくなるのは気管挿管・気管切開)、着脱が容易。気管挿管・気管切開を回避する目的で用いる(気管切開が禁忌だから代わりに行うものではない)

NPPVの適応の骨格は「意識がある・自分で痰を出せる・マスクを着けられる」。

2-4 ADL指導・セルフマネジメント・酸素療法

息切れを強める動作=①上肢挙上 ②前屈(腹部の圧迫) ③息こらえ(努責) ④反復動作。上肢を挙上すると肩甲帯を固定して働く呼吸補助筋が使えず、胸郭の動きも妨げられる。

ADLの中で最も息切れが出やすいのは、両上肢を頭上に挙げて保持する洗髪(洗濯物干し・高い所の物取り・かぶりシャツの着脱も同じ仲間)。食事・排尿・歯磨きは比較的軽い。

場面正しい指導(代表例)誤り
呼吸との同調力を入れる動作・階段の昇段は呼気に合わせる。口すぼめ呼吸・腹式呼吸で、ゆっくり分割し休みながら吸気に合わせて動く、吸気に時間をかける
上肢の作業洗濯物は肩より低い位置に干す、両上肢挙上位を避ける、肘や腕を支える上肢挙上の反復
更衣前開きのシャツ。前屈を減らすためリーチャー・ソックスエイドかぶりシャツ
作業姿勢座位で行う(立位より酸素消費が少ない)前かがみで荷物を持ち上げる
寝具・トイレ・椅子ベッド、洋式トイレ、高めのシャワーチェア、手すりの設置布団、和式(しゃがみ込み)、低い椅子
入浴半身浴(みぞおち以下)・ぬるめ・短時間全身浴(静水圧で胸郭を圧迫)

セルフマネジメント(在宅管理)

  • 体調・呼吸器症状・SpO2などを日誌に記録し、それをもとに生活指導する(セルフモニタリング)。増悪の早期発見につながる。
  • 増悪のサイン=痰の増加・膿性化、呼吸困難の増強、発熱 → 早めの受診。
  • やせ(体重減少)は予後不良因子 → 高カロリー・分割食などの栄養指導。

酸素療法

Ⅱ型呼吸不全では酸素の過剰投与でCO2ナルコーシスを起こしうる。息切れが強いときに自己判断で酸素流量を増やす指導は誤り(処方された流量を守る)。

機器分類・特徴
鼻カニュラ・簡易酸素マスク低流量系。吸入酸素濃度は呼吸パターンで変動
ベンチュリマスク・ネブライザー付き酸素吸入器高流量系。設定した一定濃度を供給(吸入酸素濃度が呼吸パターンで変わりにくい)。ネブライザー付き酸素吸入器はネブライザーで加湿しながら供給する
在宅酸素療法(HOT)据置型の酸素濃縮器が中心。外出時は携帯用ボンベ・液体酸素を併用

医療ガスボンベの色:酸素=黒、二酸化炭素(炭酸ガス)=緑。

2-5 間質性肺疾患・急性期・周術期・感染対策

間質性肺疾患の理学療法

  • 病態は拘束性換気障害(肺・胸郭の伸展性低下)と拡散障害による労作時低酸素。痰が主な問題ではないので体位排痰法・吸引は適応外。
  • 中心は胸郭可動域の維持・拡大、呼吸パターンの調整、運動時のSpO2モニタ(90%以上を保つ。低強度から)。
  • 吸気筋トレーニングは呼吸困難の軽減・運動耐容能の改善に用いる。上肢の筋力増強運動・神経筋電気刺激も禁止ではない。

ただし安静時から頻呼吸で、頸部の呼吸補助筋が過活動(吸気時に胸骨上切痕・鎖骨上窩が陥凹)している状態では、吸気筋はすでに疲労傾向。ここで負荷をかけた吸気筋トレーニングや上肢の筋力増強を行うと呼吸筋疲労・低酸素を招く。この段階で選ぶのは徒手的な胸郭可動域の拡大運動。

全身状態が不安定な急性期

  • 人工呼吸管理中で酸素化不良、血圧変動が大きい(循環が不安定)時期は、他動的な関節可動域運動で廃用(拘縮・筋萎縮)を予防する。
  • 歩行・移乗などの離床、努力性の咳嗽練習は負荷が過大。等尺性筋力増強運動はいきみで血圧を上げるので避ける。

開胸・開腹術の術前リハビリテーション

  • 術後は創部痛と麻酔の影響で咳嗽力が落ち、無気肺・肺炎が起こりやすい。痛みのない術前のうちに覚えてもらう。
  • 術前に行う必要性が高いのは咳嗽訓練(創部を手や枕で押さえる咳・ハッフィング)。ほかに腹式呼吸・深呼吸・インセンティブスパイロメトリ、早期離床の説明。
  • 呼吸介助・体位ドレナージ・CPAPは術後に必要に応じて行うもので、術前の全例には行わない。
  • 術後呼吸器合併症の危険因子(代表例):喫煙・高齢・COPD・肥満・低栄養・上腹部手術や開胸術・長時間手術。術後は早期離床が最大の予防策。

感染対策(MRSAなど)

感染経路代表的な病原体対策
接触感染MRSA、ノロウイルス、腸管出血性大腸菌手袋・ガウン(マスクはサージカルマスク)
飛沫感染インフルエンザ、風疹、流行性耳下腺炎サージカルマスク
空気感染結核、麻疹、水痘N95マスク・陰圧個室・ドア閉鎖
  • 汚染したガウン・手袋は退室前に病室内で脱いで廃棄する(汚染を室外に持ち出さない)。
  • 手袋のままドアノブに触れない。手袋を外した後も手指消毒は必須。
  • N95・ドア閉鎖が必須なのは空気感染のときであり、MRSAの接触予防策では不要。