第1章|上肢の末梢神経麻痺

末梢神経障害 第1章

1-1 上肢の神経と感覚・運動の対応

上肢の末梢神経障害は、感覚障害の領域と筋力低下の分布から障害された神経(と高位)を逆算する問題として問われる。まず手の感覚分布を固める。

神経感覚の主な領域代表的な支配筋
正中神経手掌橈側(母指〜環指橈側半の掌側)円回内筋・母指球筋(短母指外転筋・母指対立筋)・長母指屈筋(前骨間神経)
尺骨神経手の尺側(環指尺側半〜小指、掌側・背側とも)母指内転筋・骨間筋・環指小指の虫様筋・小指球筋(小指外転筋など)
橈骨神経前腕背側・手背橈側(とくに母指と示指の間の背側=浅枝)上腕三頭筋・手関節伸筋群・総指伸筋・長母指伸筋
筋皮神経前腕外側(外側前腕皮神経)上腕二頭筋・上腕筋・烏口腕筋
腋窩神経肩の外側(上腕近位外側)の小範囲三角筋・小円筋

手の感覚は「掌側の橈側=正中、尺側=尺骨、手背の橈側=橈骨」。手背の母指・示指間だけの感覚鈍麻なら橈骨神経(浅枝)を考える。

腕神経叢:神経束と出ていく神経

腕神経叢は神経根 → 神経幹(上・中・下)→ 前部・後部(各神経幹が前後に分かれる)→ 神経束(外側・後・内側)→ 末梢神経と再編される。神経束の損傷では、そこから出る神経がまとめて障害される。

神経束出ていく主な神経障害で弱くなる筋の例
外側神経束筋皮神経・正中神経の外側根上腕二頭筋(筋皮)・円回内筋(正中)
後神経束腋窩神経・橈骨神経三角筋(腋窩)・上腕三頭筋(橈骨)
内側神経束尺骨神経・正中神経の内側根小指外転筋などの手内筋(尺骨)

「前腕外側+母指〜環指掌側の感覚鈍麻」は筋皮神経+正中神経=外側神経束の組み合わせ。三角筋・上腕三頭筋は後神経束系なので、この組み合わせでは弱くならない。

1-2 麻痺の徴候と誘発テスト

神経変形・徴候しくみ
橈骨神経下垂手(drop hand)・下垂指手関節・手指・母指の伸展不能
正中神経猿手・母指球萎縮・母指対立不能母指球筋の麻痺。手根管症候群が代表
正中神経(前骨間神経)涙のしずく徴候(tear drop sign)・perfect Oができない長母指屈筋・示指の深指屈筋の麻痺で、母指と示指の輪がしずく形になる
尺骨神経鷲手(環指・小指のMP過伸展+IP屈曲)・骨間筋萎縮骨間筋・虫様筋の麻痺
尺骨神経Froment徴候紙を母指と示指でつまむと母指IP関節が屈曲する。母指内転筋(尺骨)の麻痺を長母指屈筋(正中)で代償するため
長胸神経翼状肩甲前鋸筋の麻痺

Froment徴候・tear drop徴候は名前が似た「つまみの異常」だが神経が違う。Froment=尺骨神経(母指内転筋)、tear drop=正中神経(前骨間神経)。母指球筋の萎縮も正中神経の所見で、尺骨神経障害の所見ではない。

絞扼性神経障害の代表と所見

障害神経・部位疑う所見
肘部管症候群尺骨神経・肘の内側小指・環指尺側のしびれ、Froment徴候、骨間筋萎縮、鷲手。神経伝導検査では尺骨神経の伝導速度が低下する
手根管症候群正中神経・手関節掌側母指〜環指橈側のしびれ、母指球萎縮(猿手)、手関節部のTinel徴候、Phalenテスト
胸郭出口症候群腕神経叢・鎖骨下動静脈(斜角筋間・肋鎖間・小胸筋下)Roosテスト(両肩外転外旋・肘屈曲位で手指の開閉を3分間続け、しびれ・脱力が誘発されれば陽性)、Wright・Adson・Edenテスト

Tinel徴候=神経の圧迫・損傷部位を叩くと、その神経の支配領域に放散するしびれ・痛みが出る。部位を問わず使える「どこで神経が圧迫されているか」の検査(肘部管・手根管・足根管など)。

他の部位の誘発テストとの区別

テスト対象
Roos・Wright・Adson・Eden胸郭出口症候群
Jerkテスト肩関節の後方不安定症
lift-offテスト肩甲下筋(肩関節内旋)。手背を腰部から離せなければ陽性
Thomsenテスト上腕骨外側上顆炎
Kempテスト腰部の神経根症状
McMurrayテスト膝半月板損傷

腱板の作用は棘上筋=外転、棘下筋・小円筋=外旋、肩甲下筋=内旋。lift-offは内旋の評価なので、外旋筋(棘下筋・小円筋)を選ばない。

1-3 損傷の原因と部位

症例問題は「どこを・どう傷めたか」から神経を絞る。上腕骨と神経の位置関係、圧迫されやすい場所を対応させて覚える。

原因・部位障害されやすい神経出る症状
上腕骨骨幹部(中央〜遠位1/3)骨折橈骨神経(骨の後面の橈骨神経溝を走る)下垂手、前腕背側〜手背橈側の感覚障害
上腕外側の長時間圧迫(飲酒後の寝込み、腕枕、車椅子のアームレストにもたれて眠る など=Saturday night palsy)橈骨神経下垂手、手背の母指・示指間の感覚鈍麻
上腕骨顆上骨折正中神経(前骨間神経)tear drop徴候など
肘の内側(肘部管・内側上顆部)尺骨神経鷲手・Froment徴候・小指のしびれ
意識障害で上肢を体の下にして長時間臥床圧迫された部位の神経(手の形・感覚領域で判断)鷲手様なら尺骨神経、下垂手なら橈骨神経

圧迫・骨折の病歴は手がかりにすぎない。最後は手の形(下垂手・猿手・鷲手)と感覚鈍麻の領域で神経を決める。

高位型の橈骨神経麻痺

  • 上腕での障害(高位型)では、手関節伸筋群・総指伸筋・長母指伸筋などが麻痺し下垂手になる。
  • 前腕での障害(後骨間神経麻痺)では手関節の背屈は残りやすく、下垂指(指の伸展不能)が主になる。
  • 圧迫による麻痺は自然回復を待つことが多いが、回復しない間は装具で機能を代償し、拘縮と伸筋の過伸張を防ぐ。

1-4 変形と装具の選び方

装具は「神経 → 変形 → 装具」の3点セットで問われる。図から装具を選ぶ問題も多いので、どの関節をどの肢位に保つ装具かで覚える。

神経変形代表的な装具はたらき
橈骨神経下垂手コックアップ・スプリント、Thomas型懸垂装具(Thomasスプリント)、Oppenheimer型装具手関節を背屈位に保つ。Thomas型・Oppenheimer型などの動的装具は、ばね・アウトリガーでMP関節・母指の伸展を補助し、手指の屈曲は許す
正中神経猿手(母指対立不能)短対立装具(短対立スプリント)、長対立装具(Bennett型・Rancho型)母指を対立位に保ち、つまみを補助する。短対立は手関節を含まない
尺骨神経鷲手ナックルベンダー、虫様筋カフMP関節の過伸展を防ぎ屈曲位に保つ(麻痺した虫様筋の代償)。つまみ・把握を助ける

装具の取り違えの典型:

  • 静的なコックアップ・スプリントは手関節背屈を保つだけで、指・母指の伸展補助がない。指まで伸展できない下垂手の機能代償には、MP・母指の伸展補助つきの動的装具の方が合う。
  • ナックルベンダー・虫様筋カフはMPを屈曲位に保つ装具=尺骨神経(鷲手)。橈骨神経には使わない。
  • 対立装具は正中神経(猿手)。尺骨神経の鷲手には使わない。

末梢神経麻痺の装具と紛らわしい上肢装具

装具主な対象
手関節駆動式把持装具(フレクサーヒンジ・スプリント)頸髄損傷(C6レベルなど)。手関節背屈のテノデーシス作用で把持をつくる
BFO(食事用の上肢支持装置)上肢全体の筋力低下で腕を持ち上げられない例。手の変形の矯正には使わない
アームスリング(三角巾型)肩・肘の懸垂。手指の伸展麻痺は代償できない
パンケーキ型装具手関節・手指を伸展位に保つ手掌側の静的装具。痙縮の強い手(片麻痺など)の屈曲拘縮の予防に使う。末梢神経麻痺の変形(鷲手など)の装具ではない

感覚障害がある手に装具を付けるときは、圧迫による皮膚損傷に本人が気づきにくい。装着後の発赤・圧痕の確認を指導する。