第3章|脊髄小脳変性症と多発性硬化症

神経・筋難病 第3章

3-1 小脳性運動失調の症状・評価・画像

小脳症状の用語

症状内容・見つけ方
測定異常(測定障害、dysmetria)目標を行き過ぎる・届かない。鼻指鼻試験・踵膝試験
企図振戦目標に近づくほど大きくなる振戦(安静時振戦はParkinson病)
変換運動障害(反復拮抗運動不能、拮抗運動反復不全)前腕の回内外など交互運動が拙劣
運動分解複数関節の運動が同時にできず、一関節ずつ動かす
協働収縮異常(協働収縮不能)背臥位から起き上がると下肢が挙上する など
断綴性発語(爆発性・不明瞭な構音)・眼振小脳性の構音障害と眼球運動障害
体幹失調・酩酊歩行開脚・不規則な歩行

小脳症状でないもの:折りたたみナイフ現象・はさみ脚歩行=錐体路(痙縮)、筋強剛(鉛管様・歯車様)=大脳基底核、Romberg徴候陽性=深部感覚(後索)障害(小脳性では開眼でも閉眼でも不安定で、閉眼による増悪が目立たない)。

評価スケールの対応

疾患・障害評価
小脳性運動失調SARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia:歩行・立位・座位・言語障害・指追い・鼻指・手の回内回外・踵すね の8項目、0〜40点、高いほど重症)、ICARS。SARAは脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018で集中リハビリテーションの転帰指標として示されている
多発性硬化症EDSS(Kurtzke総合障害度スケール)
重症筋無力症QMGスコア
Parkinson病UPDRS(MDS-UPDRS)、Hoehn & Yahrの重症度分類
遂行機能障害BADS
片麻痺Fugl-Meyer Assessment(失調の評価には向かない)

バランス・協調の評価にはBerg Balance Scale(FBS)・鼻指鼻試験・踵膝試験が使える。

脊髄小脳変性症(SCD)の病型と画像

  • MRIで小脳・橋の萎縮、第四脳室の拡大。多系統萎縮症では橋底部の十字状高信号(hot cross bun sign)。
  • 多系統萎縮症(MSA)=オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)・線条体黒質変性症・Shy-Drager症候群を包括した概念。孤発性。
  • Friedreich失調症・SCA(脊髄小脳失調症)各型は遺伝性SCD。
  • 進行性核上性麻痺(PSP)・大脳皮質基底核変性症(CBD)はタウオパチーで、MSA(αシヌクレイン)とは別のグループ。
  • 多系統萎縮症では自律神経障害が目立ち、起立時のめまい・失神は起立性低血圧を疑う。排尿障害も多い。

3-2 運動失調への運動療法

方法原理・適応注意
Frenkel体操視覚による代償で協調性を再学習。本来は脊髄性(後索性)失調向け。単純な運動から複雑な運動へ、広い範囲から狭い範囲へ進める視覚が使えないと成り立たない(複視・眼振の強い例は不向き)。小脳性失調の事例では第一選択にならない
重錘負荷・弾性緊縛帯四肢や体幹に重りをつける/包帯で締める。固有感覚入力を増やして動揺を抑える痙性麻痺・易疲労が目立つ時期には負担になる
リズミック・スタビライゼーション(PNF)主動筋と拮抗筋の同時収縮で関節の安定性を高める。位置覚が保たれRomberg陰性の小脳性失調で用いる―
主動筋・拮抗筋の協調練習相反する運動の切り替えを練習反動を利用した運動は失調を強めるので避ける
外的リズム刺激(メトロノーム・音)寡動・小さく緩慢な運動(Parkinson病など)に有効典型的な小脳性失調への第一選択ではない
前庭刺激(回転など)前庭障害のバランス練習小脳性失調には主目的が合わない

バランス練習の難易度(易→難)

四つ這い位:四つ這い保持 < 一側上肢または一側下肢の挙上 < 対側の上下肢挙上 < 同側の上下肢挙上(支持基底面が狭く・偏るほど難しい)。

姿勢・立位:四つ這い < 膝立ち・しゃがみ位 < 開脚立位 < 閉脚立位 < タンデム肢位 < 片脚立位。

難易度は支持基底面の広さ・重心の高さ・支持点の数で判断する。失調の練習は、できる難易度から一段ずつ上げる。

3-3 脊髄小脳変性症の病期別対応と歩行補助具

病期・状態適切な対応不適切な対応
軽症期(独歩で通勤、ふらつきの自覚)立位での下肢筋力練習(スクワットなど)、体幹・バランスの維持、生活の継続片脚起立練習(支持基底面が狭すぎて転倒の危険)/T字杖での応用歩行(杖1本では体幹動揺を制御しきれない)/職場での車椅子使用(独歩可能な段階では廃用を招く)/リズム刺激による歩行練習
伝い歩き、方向転換で不安定歩行車(キャスター付き歩行器)の導入ピックアップ型歩行器(持ち上げる瞬間に不安定)
歩行器を選ぶときある程度重量のあるもの(動揺を抑える)、前腕支持型で高さを合わせる軽量型(揺れが増える)/筋力が保たれる例へのサドル付き/左右が安定し前後に動揺する例で上肢支持面の側方に重錘を付ける(動揺の方向と合わない)
介助歩行が可能介助・補助具を使った歩行の継続移動手段を四つ這いに戻す(能力より低い移動レベル。バランス練習としての四つ這い課題とは別)

失調にはロフストランド杖など支持点の少ない杖は不向き(上肢の測定異常で接地位置も定まらない)。上肢の測定異常・体幹失調・めまいがある状態では、改造自動車による運転も危険で適応にならない。

3-4 多発性硬化症の特徴と評価

  • 若年成人・女性に多い中枢神経の脱髄疾患。病変が時間的・空間的に多発する。
  • 病型:再発寛解型が最多。経過とともに再発がなくても進行する二次性進行型へ移ることがある。最初から進行するのは一次性進行型。
  • 症状:視神経炎(視力低下・視野欠損)、Lhermitte徴候(頸部前屈で背部から四肢へ電撃痛)、有痛性強直性痙攣、痙性麻痺、感覚障害、失調、膀胱直腸障害、易疲労性。
  • Uhthoff現象:体温上昇(入浴・運動・発熱)で症状が一時的に悪化する。

深部感覚障害の程度を知りたいときは運動覚試験(閉眼で検者が関節を他動的に動かし、動いた方向・大きさを答えさせる)を使い、動かす角度を小さくしていくことで段階的に調べる。他動なので筋力低下の影響を受けない。位置覚=静止した肢位を答える/運動覚=動かした方向を答えると区別する。

両下肢の筋力低下・両側性の障害・視力低下が重なる事例では、Romberg試験(陽性・陰性の判定のみで程度は分からず、立位が危険)、自動運動による再現(筋力低下の影響が混じる)、非検査側の肢で模倣させる方法(両側性障害では基準にならない)は程度の評価に適さない。

3-5 多発性硬化症の理学療法とリスク管理

温熱療法は避ける(Uhthoff現象)。ホットパック・赤外線・超音波(温熱)・交代浴、「体を温めるよう指導」も不適切。高負荷の評価(1RM測定)や疲労困憊までの運動も避ける。

時期と状態ごとの対応

状態適切不適切
増悪停止直後(MMT2程度)関節可動域運動中心積極的な筋力増強
ステロイドパルス療法の直後状態に合わせた軽い運動・ROM筋力増強運動を急に強める
パルス後、介助で座位をとれる段階座位バランス練習スクワット・自主的な伝い歩き・重錘負荷(段階を飛ばす)
再燃後早期、痙性麻痺+易疲労ストレッチなど痙縮・拘縮への対応を優先失調への重錘負荷(疲労を増す)
寛解期他動ROM・中等度の有酸素運動・低強度の筋力運動、休憩を挟む。電気刺激は禁忌ではない高強度・長時間の連続運動
下肢痙縮(MAS 2程度)拮抗筋への電気刺激、ストレッチアキレス腱延長術を勧める(中等度の痙縮には過大)
失調が主体重錘負荷、バランス練習―
視野欠損・視力低下照明など環境の整備眼帯で片眼を覆う
歩行が保たれている段階機能に合わせた練習必要が出る前から下肢装具・歩行補助具を早期導入

在宅・訪問で新しい症状や発熱に気づいたら、運動を続けたり自己判断で中止を勧めたりせず、現状を把握して主治医に連絡する(再発・感染の可能性)。