第3章|レベル別のADL・動作・装具と環境

脊髄損傷 第3章

3-1 頸髄損傷:機能残存レベル別の到達ADL

完全損傷の到達目標は残存するkey muscleでほぼ決まる。分かれ目はC6=テノデーシス(手関節背屈)・C7=プッシュアップ(肘伸展)・C8=手指の把持の3つ。

残存レベル使える主な筋到達しうるADL(目安)まだ困難なこと
C3頸部の筋人工呼吸器が必要になりやすい。下顎(チンコントロール)・呼気で電動車椅子を操作自発呼吸
C4横隔膜・僧帽筋呼吸は自立しうる。顎・呼気操作の電動車椅子、環境制御装置。ADLは全介助手動車椅子・ジョイスティック操作
C5三角筋・上腕二頭筋(肘屈曲・肩)自助具(万能カフ・BFO)を用いた食事・歯磨きなど整容、ジョイスティックによる電動車椅子の操作自立。ノブ付きハンドリムなら平地で手動車椅子も操作できる(実用移動の主体は電動)更衣(ズボン)・起き上がり・移乗(ボード使用も)・自己導尿・自助具なしの食事
C6長・短橈側手根伸筋(手関節背屈)テノデーシス把持、自助具での食事、寝返り・起き上がりの自立(起き上がりは肘を他動的に伸展位へロックした上肢で支える型、ループ・ベッド柵を使う型)、平地の手動車椅子駆動、トランスファーボードを用いたベッド⇔車椅子の移乗、改造車の運転、更衣の一部、自己導尿(男性は自助具を使えば可能な場合がある。手関節背屈が実用にならない場合は困難)上腕三頭筋で肘を伸ばして押し上げるプッシュアップ(長座位で殿部を持ち上げる等)・長座位で後方に手をつき肘伸展の力で押し起こす起き上がり(上腕三頭筋=C7が要る)・ボードなしの側方移乗
C7上腕三頭筋(肘伸展)プッシュアップ、ボードなしの側方移乗の自立、除圧、キャスター上げ・小さな段差(5cm程度)の昇降、自助具を用いた整容、車椅子を積み下ろしての自動車利用。更衣・自己導尿が視野に入る床から車椅子への移乗(最も困難)、自助具なしの書字
C8〜T1深指屈筋(手指屈曲)・手内在筋手指で把持できる=自助具なしで書字、巧緻動作、床からの移乗、自動車への移乗。ADLはほぼ車椅子で自立—
胸髄(T1〜T6など)上肢は完全、体幹は不安定〜上部体幹車椅子ADL自立、自動車への移乗、T6では床から車椅子への移乗も可能実用的な歩行

「プッシュアップ」もひとまとめにしない。肘を他動的に伸展位へロックし手掌で支える型はC6で獲得しうる(図で「獲得可能な最も高位」を問われたらC6)。上腕三頭筋で肘を伸ばして押し上げる型はC7からで、上腕三頭筋MMT1のC6で長座位プッシュアップを「できる」とするのは誤り。上腕三頭筋が働かないと肘が折れる。

「移乗」をひとまとめにしない。同じ高さの側方移乗=C7で自立(ボードを使えばC6)、床⇔車椅子=C7では最も困難で、C8以降・上肢完全の胸髄レベルで可能になる。同様に、書字は C7=自助具が必要、C8=自助具なしで可能。

選択肢の「介助による〜」にも注意。C7で「介助によるトイレへの移乗」、C8で「介助による起き上がり」は到達レベルを低く見積もりすぎで誤り。逆にC4で「手動車椅子操作」、C5で「更衣の自立」「ズボンの着脱」は高く見積もりすぎ。

MMTの表から到達目標を問う問題は、まずMMTの表から残存レベルを決めてからこの表に当てる。例:上腕二頭筋4・手関節背屈筋が弱い(MMT2程度)・上腕三頭筋2・手指0 → 手関節背屈が実用にならないので、プッシュアップ・ベッド⇔車椅子移乗・自己導尿・更衣は難しく、到達目標は自助具を用いた食事動作になる。逆にZancolli C6B(手関節背屈が強い)なら起き上がりが目標になり、電動車椅子は過小な目標、床からの移乗・プッシュアップでの側方移乗は過大な目標。

3-2 車椅子と自助具

頸髄損傷者(C6前後)の車椅子処方

部品適切不適切
ブレーキトグル式・延長レバー(握らずに手や前腕で押し引きできる)握って操作する短いレバー
足台(フットレスト)スイングアウト式(外側へ開く・取り外す=移乗の邪魔にならない)固定式
ハンドリムノブ付き・摩擦を高めた加工(握れないため)—
背もたれ体幹筋が麻痺し座位が不安定なので肩甲骨下角付近までの高さ肘台と同じ高さ(低すぎる)
駆動輪自走用は22〜24インチ14インチ(介助用の小径輪)
車軸の位置標準前方へ移動(駆動効率は上がるが後方転倒しやすい。体幹で立て直せない頸髄損傷では危険)
クッション感覚脱失があるので除圧(褥瘡予防)用—

自助具・補装具

  • 万能カフ:手掌にスプーン・歯ブラシ・ペンを固定。C5〜C7の食事・整容・書字に。
  • BFO(バランス式前腕支持具):肩・肘の筋力が弱いC5前後で、手を口元へ運ぶのを助ける。
  • 太柄のフォーク・スプーン:把持が弱い不全損傷などで。
  • 弾性回内装具:前腕を回内位に保ち、手掌でハンドリムを押す駆動を助ける(C6)。

3-3 対麻痺の立位・歩行と下肢装具

残存レベルと歩行・装具(目安)

残存レベル主な残存筋歩行・装具
T1〜T6上肢完全・上部体幹移動は車椅子。装具歩行は骨盤帯付き長下肢装具(HKAFO)や交互歩行装具でも治療的歩行にとどまる
T7〜T12腹筋・背筋(T12で腹筋群が完全に働く)両長下肢装具(KAFO)+松葉杖で大振り・小振り歩行。T12なら骨盤帯なしKAFOで平行棒内歩行・自力での立ち上がりが可能。ただし実用移動の主体は車椅子(T10では装具歩行は実用的でない)
L1〜L2腸腰筋(股関節屈曲)・腰方形筋長下肢装具とクラッチ(松葉杖)での歩行
L3〜L4(またはそれより下位)大腿四頭筋(・前脛骨筋)短下肢装具(AFO)+杖で実用歩行
L5またはそれより下位—軽い装具または装具なし

境目は資料により1髄節前後ずれるが、「KAFO+松葉杖での自力の立ち上がり・歩行はT12(腹筋が完全)から」「AFOで歩けるのは大腿四頭筋が働くL3〜L4またはそれより下位」を軸にする。

T12・T10の完全損傷で「両短下肢装具での歩行」は誤り(膝・股の筋が働かないので膝折れする)。T1〜T4など上位胸髄で「長下肢装具での自力の立ち上がり」も、腹筋・背筋が働かず困難。図で長下肢装具歩行を示し「最も高位のレベル」を問われたらT12を選ぶ(L2・L4はそれより低位で、L4はそもそもKAFO不要)。

長下肢装具での立位保持

足継手を軽度背屈位(約10°)にして下腿を前傾させ、股関節を伸展(過伸展)位にして腸骨大腿靱帯に体重を預けると安定する。足部の前方(つま先側)を補高すると重心が後方へ移り、後ろに倒れやすくなる。

対麻痺用の装具

装具構造歩行
RGO(reciprocating gait orthosis/交互歩行装具)骨盤帯付き。左右の股継手をケーブル(ロッド)で連結し、一側の股関節伸展を反対側の屈曲に変換。ARGOは改良型交互歩行。部品が多く重く、装着に時間がかかる。座るときは股継手のロックを外す
内側継手付き両側長下肢装具(MSH-KAFO〈medial single hip joint〉、Walkabout・Primewalkなど)両大腿の内側(股間)の単一の股継手で左右を連結。骨盤帯なし。股関節の屈伸のみ許す交互歩行(体幹の側方傾斜で振り出す)。軽く装着が容易、骨盤帯が無く装着したまま車椅子を使える
Craig-Scott brace両側金属支柱付きKAFO。足関節を軽度背屈位に固定し膝を伸展位でロック松葉杖での大振り・小振り歩行用(交互歩行の装具ではない)

「ケーブルで遊脚側を駆動する」のはRGOであって内側継手型ではない。「装着が容易」なのは内側継手型。DACS AFO(ばねで背屈を補助する短下肢装具)は片麻痺の下垂足などに使うもので、対麻痺の交互歩行装具ではない。

不全損傷の装具選択

原則は支持性が失われている関節だけを制御する。装具の高さは残存筋力で決まる:膝伸展筋がMMT3以上で膝折れしなければAFO、膝折れするならKAFO、体幹・骨盤も支えられなければ骨盤帯付き(HKAFO)。片側に下垂足(前脛骨筋の低下=鶏歩・フットスラップ・つまずき)だけが残っていればその側のAFO。過剰な装具は重量とエネルギー消費を増やし、残存機能の使用を妨げる。膝装具(KO)は足関節の背屈を補助できず、足底装具は背屈補助・底屈制動ができない。

3-4 住環境の整備(車椅子で暮らす対麻痺者)

項目目安
スロープの勾配自走なら1/12以下(1/12〜1/15)。1/6は急すぎて自走不可(介助でも1/8程度まで)
出入口・ドアの有効幅80cm以上(90cmなら余裕をもって通れる)
車椅子の回転スペース直径150cm
便座の高さ車椅子の座面の高さに合わせる(水平に側方移乗できる)
電灯のスイッチ床から90〜100cm程度に下げる(一般の約120cmは座位から届きにくい)
手すりの高さ75〜80cm程度
洗面台・テーブル下に膝が入る空間を確保

T10レベルは上肢が完全で座位バランスもよく、車椅子でのADL自立が目標。住宅は「車椅子のまま通れる・回れる・同じ高さで移れる・座って手が届く」の4点で点検する。