第2章|急性期と合併症のリスク管理

脊髄損傷 第2章

2-1 急性期の理学療法(頸椎牽引中・ICU)

急性期の主眼は呼吸管理・合併症予防・拘縮予防と、離床へ向けた起立性低血圧への順応。損傷部の安定性が得られているかどうかで、できることが変わる。

頸椎の安定性が得られていない時期(頸椎直達牽引中など)

  • 肩関節の屈曲・外転は90°まで。90°を超えると肩甲骨の挙上・上方回旋が起こり、その動きが頸椎に伝わって損傷部の転位を招くおそれがある。
  • 頸部の屈曲・伸展・回旋は行わない。
  • 90°までの範囲で四肢の可動域運動は毎日行う(30°・60°に制限するのは拘縮予防にならず過剰)。

整復固定術後・ICUでの理学療法

内容適否理由
呼吸訓練・排痰介助適切頸髄損傷では肋間筋・腹筋が麻痺し咳嗽力が低下。無気肺・肺炎の予防
座位訓練(段階的なギャッチアップ)適切(頸椎の安定性が確保されていれば)起立性低血圧への順応
四肢の関節可動域訓練(他動)適切麻痺肢の拘縮予防。頸椎に負担をかけない範囲で
下肢への間欠的空気圧迫・弾性ストッキング適切深部静脈血栓症・肺塞栓の予防(急性期はリスクが高い)
麻痺した下肢の筋力増強訓練不適切(運動完全麻痺の場合)Frankel B/AIS A・Bでは下肢に随意収縮がなく成立しない

呼吸の理学療法

呼吸筋髄節損傷時の影響
横隔膜C3〜C5(横隔神経、主にC4)C3以上(C4より上)の損傷では自発呼吸が困難=人工呼吸器が必要になりやすい
肋間筋T1〜T11頸髄損傷では麻痺→胸郭の動きが減る
腹筋T6〜T12麻痺すると咳(呼気)が最も障害される
  • C5〜C8では横隔膜は使えるので吸気は保たれやすいが、呼気・咳嗽が弱い。
  • 目的=無気肺の予防・横隔膜呼吸の促進・胸郭拘縮の予防・気道分泌物の喀出促進。
  • 方法の例=徒手介助咳嗽(クアッドコフ)・体位排痰・徒手的胸郭伸張・エアスタッキング。急性期は吸気時に胸郭が陥凹する奇異呼吸がみられ、腹帯で横隔膜の効率を高めることがある。

「肺水腫の予防」は呼吸理学療法の目的ではない(心原性・ARDSなどの病態で、呼吸練習では予防できない)。同じく肺高血圧の是正・気胸の予防も目的に入れない。

2-2 自律神経の合併症:自律神経過反射と起立性低血圧

自律神経過反射(自律神経過緊張反射/autonomic dysreflexia)

項目内容
起こる損傷高位T6より上位(T6以上)の脊髄損傷
誘因損傷高位より下の刺激。最多は膀胱充満(尿閉・カテーテル閉塞)、ほかに便秘・便塞、褥瘡、締め付けなど
症状発作性の著明な高血圧・頭痛・損傷高位より上の発汗・顔面紅潮・鼻閉・徐脈
危険放置すると脳出血など
対応座位(起座位)にして血圧を下げ、誘因(尿・便)を取り除く。衣服の締め付けを緩める

脈は頻脈ではなく徐脈(急な高血圧に対して圧受容器反射が働く)。血圧は低下でなく上昇。麻痺域の痛みは感じないので「四肢の疼痛」は症状にならない。低血糖も無関係。

起立性低血圧・その他の急性期の全身管理

  • 頸髄・上位胸髄損傷では交感神経が働かず、起き上がると血圧が下がる。ギャッチアップは段階的に上げ、腹帯・弾性包帯・下肢の弾性ストッキング、ティルトテーブルで順応を図る。
  • 急性期には脊髄ショック(低血圧・徐脈)、体温調節障害(発汗できない麻痺域)にも注意する。
  • 頸髄損傷急性期の合併症まとめ:呼吸障害・起立性低血圧・徐脈・深部静脈血栓症・褥瘡・自律神経過反射(T6以上)。

同じ「血圧」でも、起き上がると下がる=起立性低血圧(→臥位・下肢挙上で戻す)と、膀胱充満などで急に上がる=自律神経過反射(→座位にして誘因除去)は対応が逆。過反射で寝かせると血圧はさらに上がる。

2-3 褥瘡の予防

麻痺域は感覚が脱失しており、圧迫の痛みに気づけない。脊髄損傷者の褥瘡予防は生涯の課題。

体位別の好発部位(骨が突出し軟部組織が薄い所)

体位好発部位
背臥位後頭部・肩甲骨部・肘頭・仙骨部(最多)・踵部
側臥位耳介・肩峰・肋骨部・大転子・膝関節外側・外果
腹臥位前額部・前胸部・腸骨稜・膝蓋部・足趾背側
座位(車椅子)坐骨結節・尾骨部・仙骨部

大腿後面・下腿後面(腓腹筋部)は筋や脂肪が厚く、背臥位でも褥瘡は生じにくい。

予防の原則

正しい誤り
30度側臥位(仙骨部・大転子への圧を分散)円座(周囲に圧が集中しかえって悪化)
体位変換は2時間ごと(2〜4時間)を目安6時間ごと(長すぎる)
ベッドアップは30度程度まで80度以上(仙骨部に剪断力)
体圧分散マットレス・皮膚の清潔と乾燥・栄養管理好発部位のマッサージ(組織損傷を招く)
車椅子上では15〜30分ごとの除圧(プッシュアップ、または前傾・側方傾斜)、除圧用クッション—

車椅子上の除圧は、上腕三頭筋が働く(残存レベルがC7またはそれより下位)なら肘を伸ばして押し上げるプッシュアップが確実。上腕三頭筋の無いC6でも、肘をロックした型のプッシュアップや、体幹を前傾・側方に傾けて片側ずつ殿部を浮かせる方法(サイドリーン)で除圧を自立できる。

2-4 関節可動域の管理と異所性骨化

「広げる所」と「あえて広げない所」

方針部位理由
正常以上に広げる膝伸展位での股関節屈曲(SLR)=110〜120°程度(ハムストリングスの伸張性)長座位の保持、長座位でのプッシュアップ、下衣の更衣。足りないと骨盤が後傾し長座位が崩れる
正常域を保つ肩・肘・前腕、足関節背屈(0°以上)拘縮予防。尖足を防ぎフットレスト・立位・移乗・装具装着に備える
あえて広げない手指の伸展(とくに手関節背屈位での指の伸展)テノデーシス(腱固定)作用による把持を残すため、手指屈筋腱はやや短縮気味に保つ

テノデーシス作用(tenodesis action/腱固定作用)=手関節を背屈すると手指屈筋腱が引っ張られて指が他動的に屈曲し、物をつまめる仕組み。手関節背屈が使えるC6の把持の要。「拘縮予防=全部伸ばす」で手指屈筋を十分に伸ばしてしまうとこの把持が失われる。

肩関節は過度な可動性が不安定性・疼痛を招くので、正常以上に広げる対象ではない(肘を伸展位でロックする代償は肩の外旋・伸展を使うが、必要なのは正常域)。頸部屈曲位での体幹屈曲は損傷部にストレスをかけるので避ける。

異所性骨化(異所性化骨)

  • 麻痺域(損傷高位より下)の大関節周囲に好発。股関節が最多、次いで膝関節。
  • 症状=関節周囲の腫脹・熱感・発赤と可動域制限の進行。座位保持やADLの妨げになる。
  • 早期発見が大切で、過度な他動運動(強い他動伸張)は避ける。

肘関節の異所性骨化は脳損傷や熱傷後で目立つが、脊髄損傷での最好発は股関節。肩・手・足関節は好発部位ではない。

2-5 不全損傷の歩行障害:脊髄後索性運動失調とFrenkel体操

不全損傷や脊髄腫瘍術後では、運動麻痺は軽いのに深部感覚(後索)の障害で歩けないことがある。

所見内容
Romberg徴候陽性(開眼では立てるが閉眼でふらつく=視覚で代償している)
歩行踵打歩行(stamping gait)、足元を見ながら歩く
病態脊髄後索性(感覚性)運動失調
運動療法Frenkel体操

Frenkel体操=視覚で確認しながら、簡単な運動から複雑な運動へ、ゆっくり正確に反復して協調性を再学習する体操。例:座位で床に描いた足形に、目で見ながら足を合わせて置く。

名前の似た体操と対象を取り違えない。Buerger(Buerger-Allen)体操=下肢の末梢循環(挙上・下垂の反復)、Codman体操=肩関節(振り子運動)、Klapp体操=脊柱側弯症(四つ這い)、Williams体操=腰痛(腰椎屈曲・腹筋強化)、McKenzie体操=腰痛(腰椎伸展)、Böhler体操=脊椎圧迫骨折(背筋強化)。運動失調に使うのはFrenkel。