第1章|糖尿病の評価と運動療法

糖尿病・内部障害 第1章

1-1 糖尿病の病態と血糖の指標

糖尿病の理学療法で問われる病態の知識は、高血糖と低血糖の症状の見分けと、検査値がどの期間の血糖を映すかの2つに集中している。

高血糖症状と低血糖症状

高血糖低血糖
しくみ血糖上昇 → 浸透圧利尿 → 多尿 → 脱水血糖低下に対する交感神経の反応(警告症状)と、脳へのブドウ糖不足(中枢神経症状)
代表的な症状口渇・多飲・多尿・体重減少・倦怠感冷汗・動悸・頻脈・手指振戦・空腹感/進むと意識障害・けいれん。倦怠感として訴えることもある
イメージ「飲む・出す」「ふるえる・冷や汗」

動悸・頻脈・空腹感・手指振戦は低血糖の症状。高血糖の症状として選ばない。高血糖の症状として選べるのは口渇・多飲・多尿の系統。

血糖の指標と反映する期間

指標反映する期間使いどころ
空腹時血糖・随時血糖採血した時点その日の運動の可否の判断
尿糖採尿直前の高血糖瞬間的な指標。経過の評価には不向き
グリコアルブミン約2週間短期の変化
HbA1c(ヘモグロビンA1c)過去1〜2か月の平均血糖教育入院後1か月などの中長期の効果判定

HbA1cは日々の理学療法の指標にも、運動強度の決定にも使えない。日ごとの運動の可否は血糖値・自覚症状・バイタルサインで判断し、強度は最大酸素摂取量・AT・Borg指数で決める。

関係のない指標:CRP=炎症、血中アルブミン=栄養状態、HOMA-R(HOMA-IR)=空腹時血糖とインスリンから求めるインスリン抵抗性の指標。

1-2 運動療法の目的と運動処方(FITT)

糖尿病の運動療法の主目的はインスリン抵抗性の改善(インスリン感受性の向上)。骨格筋でのGLUT4を介した糖の取り込みが高まる。インスリン分泌能の改善や尿中への糖の排泄を目的とするものではない。

2型糖尿病の運動処方の目安

項目目安よく出る誤りの形
種類(Type)ウォーキングなど大筋群を使う有酸素運動が中心+レジスタンス運動を週2〜3回併用高強度の筋力トレーニングを主体にする
強度(Intensity)中等度=最大酸素摂取量の40〜60%(50%程度)、Borg指数11〜13(楽である〜ややきつい)Borg 17(かなりきつい)
時間(Time)1回20〜60分1回10分
頻度(Frequency)週3〜5回以上(できれば毎日)。効果は48〜72時間で薄れるため間を2日以上空けない週1回・週2回
量有酸素運動で週合計150分以上。運動による消費は1日160〜240kcal程度(200kcal前後)が目安週合計40分程度
時間帯食後1〜2時間(食後1時間ごろ)。食後高血糖を抑え、低血糖も避けやすい食前・空腹時、食後30分以内、インスリン注射直後
導入低強度から段階的に運動量を増やすいきなり高負荷

歩数が少ない・デスクワーク中心の例では、運動処方とあわせて日常の身体活動量を増やす生活指導も行う。

心拍数が強度の指標に使えない条件

β遮断薬の内服(心拍数の上昇が抑えられる)・心房細動(心拍が不整)・ペースメーカー・自律神経障害では、心拍数で強度を決めない(「脈拍110/分を目標」などは不適)。Borg指数(自覚的運動強度)11〜13に切り替える。

1-3 運動療法を控える基準と合併症ごとの注意

運動療法を控える(開始を延期する)代表例:空腹時血糖250mg/dL以上、尿ケトン体陽性、眼底出血のある増殖網膜症、進行した腎症、重い心血管疾患、急性感染症、シックデイ(発熱・嘔吐など)、低血糖。

「尿ケトン体陽性になったら開始」は逆。ケトン体陽性はインスリン作用不足のサインで運動を控える側。運動開始の条件は「空腹時血糖が250mg/dL未満」「ケトン体陰性」。

運動開始までに待たなくてよいもの:HbA1cの基準値内への低下、脂質異常症の改善(どちらも運動で改善を目指す側)、神経障害による感覚障害の改善(短期には戻らない。足に配慮しながら運動は可能)。入院時に高血糖でも、インスリンなどで250mg/dL未満に下がれば運動を始めてよい。

「血糖値に関わらず」「シックデイに関わらず」運動を勧める、という形は誤り。

合併症ごとに避ける運動

合併症危険避けるもの・注意点
網膜症(増殖前・増殖網膜症、急激な視力低下)血圧上昇による眼底出血努責(Valsalva)を伴う運動、最大等尺性収縮、高強度運動、頭を下げる姿勢
腎症(透析を含む)過度の負荷、体液・血圧の変動過度な運動。水分管理・血圧管理(2-5へ)
末梢神経障害感覚鈍麻のため足の傷に気づかない足に強い荷重・摩擦がかかる運動。フットケア(1-5へ)
自律神経障害起立性低血圧、心拍応答の低下心拍数で強度を決めない
高血圧血圧の急上昇等尺性運動・いきみを伴う運動。息を止めさせない

1-4 低血糖の予防と対応

インスリンやSU薬(スルホニル尿素薬)などで薬物治療中の患者は、運動によって血糖が下がりすぎる運動誘発性低血糖を起こしやすい。運動療法で起こる急性の合併症のうち、最も注意すべきものである。

予防

  • 運動は食後1〜2時間に行う。食前・空腹時は避ける
  • インスリン注射直後(30分以内)の運動は避ける。インスリンの作用が立ち上がる時間帯と重なり、運動する部位では注射部位からの吸収も速まる
  • 運動前後に血糖を確認し、低強度から段階的に量を増やす
  • 補食としてブドウ糖を携帯する

対応

  • 冷汗・動悸・手指振戦・空腹感、または倦怠感の訴えがあれば低血糖を疑い、ただちに運動を中止してブドウ糖を摂取させる

低血糖の補食は吸収の速いブドウ糖が確実(砂糖やブドウ糖を含むジュースでもよい)。ただしα-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)の服用中は、砂糖などの二糖類の分解が阻害されて吸収が遅れるため、必ずブドウ糖を用いる。オリゴ糖は吸収が遅く、低血糖への備えに向かない。

冷汗に対して両下肢を挙上するのは起立性低血圧への対応であり、低血糖には効かない。

1-5 糖尿病足病変とフットケア

糖尿病足病変は神経障害(感覚鈍麻・発汗低下による皮膚の乾燥)・末梢動脈疾患(虚血)・易感染性の3つが重なって起こる。感覚が鈍いため小さな傷・圧迫・熱傷に気づかず、血流が悪いため治りにくく、潰瘍・壊疽へ進む。

判断の軸は「感覚障害+虚血=圧と外傷と温度から足を守る」。足趾の暗赤色への変化は虚血を示す壊疽の前段階、黒色への変化はすでに壊疽(壊死)である。いずれも速やかに医師へ報告する。

理学療法と生活指導

適切不適切
暗赤色に変化した前足部・足趾の免荷(フェルト・除圧インソール・治療靴などの免荷装具やフットウェア)できるだけ速く歩く(前足部の負荷が増える)
足に負荷のかからない程度の運動・訓練足への荷重・摩擦が大きい運動
関節可動域運動(拘縮予防・循環改善に有用で、控える必要はない)ー
足を清潔に保つ(ぬるめの湯で洗い、指の間の水分を拭き取る)湯たんぽ・電気あんか・カイロ・こたつなどの熱源を足に直接当てる(低温熱傷)
毎日、足の傷の有無を目で確認する(見えにくい所は鏡で)寒冷療法(血流をさらに減らし、凍傷・壊死の危険)
足趾が圧迫されない、つま先に余裕のある靴を選ぶ素足で歩く、たこ・魚の目を自分で削る
爪はまっすぐ切る(深爪をしない)/冷感には保温性のある靴下ー

感覚障害のある足への温熱も寒冷も原則避ける(熱傷・凍傷に気づけない)。「冷えるから温める」は落とし穴。

糖尿病性ニューロパチー(糖尿病性神経障害)の評価

  • 末梢優位・左右対称性の感覚運動障害(手袋・靴下型)。早期から足関節の振動覚低下・しびれ・感覚鈍麻が出る
  • 進むと下腿筋の萎縮・筋力低下が起こり、徒手筋力テスト(MMT)で段階1(関節運動は起きず、筋収縮の触知のみ)となることがある
  • 足の外がえし筋=長・短腓骨筋(浅腓骨神経)。短腓骨筋は第5中足骨基部に停止し、段階1では足部外側遠位でその腱を触知する
  • 内がえし筋=前脛骨筋(背屈+内がえし)・後脛骨筋(内果の後方を通る)