第2章|ADL・機器・リスク管理・住環境

脊髄損傷 第2章

2-1 残存髄節ごとのADL到達目標

完全麻痺で「その髄節まで機能が残る」ときの、慢性期に目指せる代表的な到達目標。年齢・体格・合併症・時期で変わる目安であり、ここに無い動作ができないという意味ではない。

残存決め手の機能目指せる主な動作・使う物まだ難しい動作(ひっかけ)
C3以上頭頸部の運動。自発呼吸が不十分人工呼吸器、環境制御装置(顎・頭部・呼気などで操作)上肢を使う動作すべて
C4自発呼吸・肩すくめ・発話顎や頭部で操作する電動車椅子(チンコントロールなど)、環境制御装置、マウススティック、食事支援ロボット、移乗はリフトで介助万能カフ単独での食事、手で操作するジョイスティック
C5肩の運動・肘屈曲(手関節背屈はない)手関節背屈保持装具+スプーン(万能カフ)での食事・整容の一部、手で操作する電動車椅子前方移乗(肘伸展が無い)、寝返り・起き上がりの自立
C6手関節背屈→テノデーシス把持万能カフを用いた食事、整容、上衣の更衣(被りタイプから)、ベッド柵なしの寝返り、肘支持でのベッド上移動・起き上がり、前方・後方移乗(前後移乗)でベッド⇔車椅子、標準型車椅子の自走、パソコン(入力デバイスの工夫)、自己導尿の練習、便座での排便上腕三頭筋によるプッシュアップ(殿部を高く持ち上げる)、床からの移乗、キャスター上げでの段差越え、橈側−手掌握りなどの手指による握り
C7肘伸展(上腕三頭筋)・手関節掌屈・手指伸展プッシュアップ、側方移乗、更衣の自立、自己導尿、車椅子での生活の多くが自立手指の屈曲による握り
C8手指屈曲橈側−手掌握りなど手指での握り手内在筋による細かいつまみ
T1以下上肢・手は完全車椅子での生活が自立。損傷が低いほど体幹が安定長下肢装具での歩行は下位胸髄〜腰髄の損傷で検討する目標(C8では対象外)

C6でプッシュアップを到達目標にしない。プッシュアップ(肘を伸ばして殿部を持ち上げる)は上腕三頭筋(C7)の仕事。C6の移乗は前後移乗(トランスファーボードなどの環境整備を含む)で自立を目指し、側方移乗やプッシュアップは上腕三頭筋が働くC6B3〜C7から。

到達目標は時期とセットで問われる。C6で受傷後1〜2か月なら、まず万能カフを用いた食事。更衣・自己導尿・移乗はもっと後に目指す動作で、プッシュアップは上腕三頭筋が0なら時期によらず不可。

C6残存者への作業療法(適切・不適切の判断)

場面適切不適切
更衣上衣は被りタイプから練習する—
コミュニケーション・仕事パソコンの入力デバイスを検討する—
排尿自己導尿に向けてカテーテル操作を練習する—
排便便座上の座位で排便できるよう環境を整える(腹圧・重力を使える、自立につながる)臥位で排便する前提で環境を整える
起立性低血圧車椅子上で前屈位をとる(車椅子を後ろへ傾ける方法もある)—

2-2 起居・移乗動作の練習(C5〜C6を中心に)

動作方法と使う筋練習の要点
寝返り上肢を左右に振った反動(勢い)で体幹を回す。三角筋・上腕二頭筋・大胸筋C6ではベッド柵なしでの寝返りが現実的な目標
肘での体重支持(on elbows)肘を支点に上体を支え、殿部をずらす目的はベッド上での移動。起き上がり・長座位への前段階
長座位への起き上がり肘支持から、肩甲帯を左右に振って重心を移し、片手ずつ後方へついて肘を伸展位にロックする肩関節水平伸展を正常以上に広げておく。長座位を保つためハムストリングスの柔軟性も要る
座位での前傾・引き寄せ台に置いた上肢で体幹を引き寄せる力源は上腕二頭筋(肘屈曲)。C6Aの洗顔などで使う
ベッド⇔車椅子の移乗C6:前方・後方移乗(車椅子を正面から付け、脚をベッドへ上げて前後に移る)側方移乗・床からの移乗は上腕三頭筋(+広背筋)が必要

肘支持の練習の目的を「導尿」「上着の着脱」「足上げ」と取り違えない。肘で体重を支える練習はベッド上移動・起き上がりのため。また起き上がりで肘をつく動作を繰り返すと上腕外側〜肘に褥瘡ができうる(2-4)。

リフトでの移乗

  • C4など移乗が全介助の人では、移動用リフトが介助者(特に高齢の家族)の負担軽減に直結する。
  • C6Aなど上肢機能が一部残る人がリフトでの移乗自立を目指すときは、座ったまま自分で付け外ししやすい簡易な帯状(ベルト型)の吊り具を選ぶ。体全体を包む型は全介助向け。

2-3 上肢装具・自助具・支援機器

機器対象の目安使い方
環境制御装置(ECU・ECS)C3〜C4(四肢が使えない)呼気・顎・頭部・音声などのスイッチでテレビ・照明・ナースコールなどを操作
チンコントロール/ヘッドコントロールの電動車椅子C3〜C4顎・頭部で操作。手で操作するジョイスティック型はC5以下
マウススティックC4口にくわえてパソコン入力・ページめくり
食事支援ロボットC4など上肢が使えないスイッチ操作で食物を口元へ運ぶ
BFO(PSB・平衡型前腕装具)、スプリングバランサーC4〜C5で肩・肘の筋力が弱い前腕を支えて上肢を口元へ動かしやすくする。三角筋・上腕二頭筋がMMT4程度あれば不要
手関節背屈保持装具(コックアップスプリント・ポケット付き手関節伸展保持装具)C5(手関節背屈ができない)手関節を背屈位に保ち、ポケットにスプーンなどを差し込む
万能カフ(ユニバーサルカフ)C5(装具と併用)〜C6手掌に巻いてスプーン・フォーク・ペンを差し込む。手関節の固定が要るので、手関節背屈のあるC6で単独使用しやすい
把持装具(手関節駆動式把持装具、wrist-driven flexor hinge splint)C6B(手関節背屈が強い)手関節背屈で指が閉じるテノデーシスを強めて物をつまむ
短対立装具C8〜T1(母指の対立が弱い)母指を対立位に保つ。C6の把持獲得には使わない

組合せのひっかけ:「C4=人工呼吸器」(C4は自発呼吸できることが多い)、「C5=チンコントロール」(C5は手で操作できる)、「C6=BFO」(BFOはC4〜C5)、「C7=コックアップスプリント」(C7は手関節背屈が保たれる。手関節背屈保持はC5)はすべて誤り。正しい組合せの代表はC3〜C4=環境制御装置。

MMTの表で三角筋・上腕二頭筋・腕橈骨筋が4、橈側手根伸筋が0(C5)なら、残存機能を生かす食事の道具は手関節を背屈位に保つ装具(ポケット付き)。肩・肘は十分に動くのでPSBは不要、太柄スプーンは握れないので使えない、食事ロボットは過剰。

C4の人の機器選び

  • 使う:電動車椅子(顎・頭部操作)、環境制御装置、マウススティック、食事支援ロボット、移動用リフト。
  • 透明文字盤は使わない:C4は発話できるので文字盤で意思を伝える必要がない(文字盤は発話できない人向け)。
  • 高齢の家族と暮らす前提で介助量を減らすなら、移乗のリフトと、自分でパソコンや環境を操作できるマウススティックを優先する。上肢を吊るす機器・手でつかむ自助具・手で操作するジョイスティックは、上肢がほぼ動かないC4では介助量の軽減につながらない。

2-4 合併症とリスク管理

自律神経過反射と起立性低血圧

自律神経過反射(autonomic dysreflexia)起立性低血圧
起こる人おおむねT6より上の損傷(頸髄・上位胸髄)の慢性期頸髄・上位胸髄損傷。離床初期に多い
誘因損傷レベル以下の刺激:膀胱充満(最多)・便秘・褥瘡・きつい衣服など座位・起立への姿勢変換
症状急な高血圧、頭痛、損傷レベルより上の発汗・顔面紅潮、鼻閉、徐脈血圧低下、めまい、意識が遠のく、顔面蒼白
対応①座位にする(上体を起こす)②衣服・ベルト・腹帯をゆるめる③導尿・カテーテルの屈曲確認・便の確認で誘因を除く臥位に戻す、車椅子なら後ろに傾ける・前屈位をとる、下肢を挙上。予防に腹帯・弾性ストッキング

自律神経過反射で下肢を挙上しない・寝かせない(血圧がさらに上がる)。腹帯を締めない、大腿の叩打など刺激を加えない。鎮痛剤の内服は誘因除去にならない。まず導尿。

頻脈・低血糖・損傷レベルより下の発汗は自律神経過反射の所見ではない(脈は徐脈、発汗は損傷レベルより上)。

運動中の胸部症状(対麻痺者)

  • 高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙などの冠危険因子がある人が、上肢エルゴメーターなどの労作中に動悸や左肩周囲の違和感を訴え、安静で数分以内に消えるなら労作性狭心症を考える。
  • 安静でも続けば急性心筋梗塞、姿勢変換で起これば起立性低血圧、高血圧・頭痛・顔面紅潮と膀胱充満などの誘因があれば自律神経過反射。

急性期の関節可動域訓練

  • 頸椎に不安定性がある急性期頸髄損傷では、肩関節の屈曲・外転を大きく動かすと頸椎にストレスが伝わるため、角度を制限して行う。
  • 手関節・股関節・膝関節・足関節の可動域訓練は頸椎へのストレスにならない。
  • C6以下の手指はテノデーシスを生かすため、手関節背屈位で手指を伸ばしきらない(屈筋腱を伸張しすぎない)よう配慮する。

褥瘡

できる場所見直す動作・姿勢
仙骨部・尾骨部背臥位、ずり落ちた座位、長時間の車椅子座位
坐骨結節部車椅子座位(除圧不足)
踵部背臥位(自力で体位変換できない高位頸髄損傷)
大転子部側臥位
上腕外側〜肘肘をついての起き上がりの繰り返し
  • 予防:除圧動作の指導(プッシュアップ、体幹の前傾・側屈)、定期的な体位変換、皮膚の保湿、栄養管理、毎日の皮膚の観察(鏡を使う)。
  • 感覚がない部分は自分で気づけないため、皮膚の発赤は褥瘡の初期と考えて圧迫を除く。

円座は使わない(輪の部分に圧が集中し、血流も悪くする)。長時間の座位、フットサポートを高くしすぎること(大腿が浮いて殿部・仙骨部に体重が集中する)も褥瘡の原因。

踵部の発赤の鑑別:痙縮・骨萎縮は皮膚の発赤を直接起こさない。異所性骨化は関節周囲(股関節など)の腫脹・熱感、深部静脈血栓症は下肢の腫脹として現れる。

2-5 排尿・排便の管理

時期・型膀胱の状態管理
脊髄ショック期(受傷直後)排尿反射がなく尿閉導尿(留置カテーテル→間欠導尿へ)
核上型神経因性膀胱(仙髄より上の損傷)反射性膀胱(痙性)。排尿筋括約筋協調不全を生じうる手が使えれば清潔間欠自己導尿(CIC)が第一選択。下腹部のトリガーポイント叩打による反射性排尿を試みる方法もある
核・核下型(仙髄・馬尾の損傷)弛緩性(排尿反射なし)間欠導尿が基本

核上型で腹部を押す圧迫排尿(Credé法)は、括約筋が締まったままなので膀胱内圧が上がり腎を傷める→不適切。骨盤底筋訓練は腹圧性尿失禁向け。尿道カテーテルの長期留置・膀胱瘻は自己導尿ができる人の第一選択ではない。残尿が多い(例えば150mL程度)なら導尿が要る。

  • 自己導尿はC7残存なら自立しやすい。C6でも男性などは自助具を使って練習の対象になる(受傷早期の到達目標ではない)。
  • 排便:時間を決めて坐薬・摘便などで計画的に。できるだけ便座上の座位で行う。手指で坐薬を扱えない人には坐薬挿入器(自助具)を使う。

2-6 住宅改修と車椅子

車椅子で暮らす住宅の目安

場所目安誤肢の例
スロープ自走なら1/12以下(緩いほどよい)1/4・1/6は急すぎて自走できない
出入口(開口部)の有効幅車椅子の全幅+手のゆとり。一般に80〜85cm以上、90cmあれば余裕全幅70cmの車椅子に80cmは狭い
廊下直進だけなら90cm程度でも通れるが、歩行者とのすれ違いは140cm程度すれ違いに120cmは狭い
方向転換の空間360°回転は直径150cm程度。ポーチなど方向転換する場所は幅140〜150cm程度を確保回転用に幅100cmは狭い
エレベーターかごの中で回転できれば前向きに出られる—
扉引き戸がよい狭いトイレの内開き戸は、車椅子で入ると扉を閉められない
浴室洗体台・浴槽の縁は車椅子の座面と同じ高さ(40cm台)にして移乗しやすく浴槽の縁80cmは高すぎる
シャワーフック・スイッチ類座位で手の届く低い位置150cmは高すぎる
洗面台・台所シンク下に膝が入る空間をつくり、正面から対面できるように—
床段差をなくし、車輪が動きやすいフローリングなど畳・じゅうたんは駆動しにくい

対麻痺の人は便器へ座ったまま移乗するので、立ち上がり用の縦手すりは不要(移乗を支える横方向の手すりなどを考える)。改修図の問題は、車椅子の全幅・全長の数値と照らして、通れるか・回れるか・扉を閉められるかを確かめる。

スポーツ用車椅子

  • 陸上競技(マラソン)用:前に長く伸びた1輪と後ろ2輪の三輪、低く前傾した座面のレーサー型。
  • バスケットボールなど球技用:大きくハの字に傾いた車輪(キャンバー)で回転しやすい四輪型。
  • キャスター付きの標準型は日常生活用。