第5章|感染症

病理学 第5章

5-1 感染の成立と院内感染対策の基本

感染は病原体(感染源)・感染経路・宿主の感受性の3要素がそろって成立する。感染対策はこの3つのどこかを断つ作業。

  • 日和見感染=健常者では発症しない弱毒病原体が、免疫低下者で発症する感染。
  • 薬剤耐性菌=抗菌薬の乱用で出現する。代表がMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)。
  • 院内感染=医療機関内で新たに成立した感染。標準予防策+感染経路別予防策で防ぐ。

抗菌薬の予防的投与は院内感染対策として不適切。耐性菌の出現を助長するため適応を厳格にする。二次感染の防止・感染経路の把握・ガウンテクニック・院内ガイドラインの作成と遵守は、いずれも適切な対策。

理学療法士が自分の手で行う感染対策=手指衛生・個人防護具の着脱(ガウンテクニック)・感染経路の把握・院内ガイドラインの遵守・器具の消毒。一方、感染者の病室・ベッドの配置管理は病棟や感染対策部門の業務であり、理学療法士が行う感染対策には該当しない。「自分の手で行う対策」か「組織の管理」かで切る。

5-2 感染経路の分類

経路代表的な病原体・疾患要点
空気(飛沫核)結核・麻疹・水痘飛沫核が長時間浮遊。N95+陰圧個室
飛沫インフルエンザ・風疹・流行性耳下腺炎・百日咳・コロナウイルス1〜2mで落下。サージカルマスク
接触MRSA・ノロウイルス・疥癬・帯状疱疹・腸管出血性大腸菌手指・器具・環境表面。手袋+ガウン
経口(糞口)ノロ・ロタ・A型/E型肝炎・コレラ・サルモネラ・ポリオ汚染された水・食品・便・嘔吐物
血液・体液B型/C型肝炎・HIV針刺し・性行為・母子感染
経皮(創傷)破傷風土壌中の芽胞が傷口から侵入
媒介動物日本脳炎・マラリア蚊が媒介
環境エアロゾルレジオネラ空調の冷却塔・温泉など温水環境で増殖し吸入感染

頻出の誤った組合せ → 正しくは
結核=経口 → 空気感染/A型肝炎=血液 → 経口(血液感染はB型・C型)/帯状疱疹=飛沫 → 接触(水疱内容)/破傷風=媒介動物 → 創傷からの経皮/疥癬=ネズミが媒介 → ヒゼンダニによる接触感染/ポリオ=血液 → 経口/ボツリヌス菌食中毒=感染型 → 毒素型/帯状疱疹は麻疹と同じウイルス → VZV(水痘と同一ウイルス)で麻疹とは別。

「接触感染するのはどれか」では、主経路が空気・飛沫の麻疹・風疹も分泌物との直接接触で伝播しうるとしてMRSAとあわせて正答に含める出題がある。一方、結核菌とインフルエンザウイルスは接触感染に含めない

5-3 病原体の種類で分ける

分類代表
細菌結核菌(抗酸菌)・MRSA・破傷風菌・レジオネラ・ボツリヌス菌・ヘリコバクターピロリ・溶連菌(猩紅熱)
細菌(スピロヘータ)梅毒トレポネーマ=梅毒・進行麻痺
細菌(クラミジア)トラコーマ(クラミジア・トラコマチス)
ウイルス疣贅=HPV風疹・麻疹・水痘帯状疱疹(VZV)・肝炎・HIV・ポリオ・日本脳炎・ノロ・JC
真菌カンジダ・クリプトコッカス
原虫トキソプラズマ・マラリア
プリオンCreutzfeldt-Jakob病
寄生虫(ダニ)疥癬=ヒゼンダニ

「細菌感染によるのはどれか」で選ぶのは梅毒・猩紅熱・トラコーマ疣贅(いぼ)はHPV、風疹は風疹ウイルスでいずれもウイルス感染。猩紅熱はA群β溶血性連鎖球菌の毒素によるもの(いちご舌)。

5-4 神経系の感染症と病原体

疾患病原体特徴
急性灰白髄炎(ポリオ)ポリオウイルス経口感染。脊髄前角細胞を侵し弛緩性麻痺
日本脳炎日本脳炎ウイルス(フラビ)蚊が媒介
エイズ脳症(HIV脳症)HIV=ウイルス免疫低下に伴う脳症
進行麻痺・脊髄癆梅毒トレポネーマ=スピロヘータ神経梅毒の一型
Creutzfeldt-Jakob病異常プリオン蛋白免疫状態と無関係に発症
単純ヘルペス脳炎単純ヘルペスウイルス
化膿性髄膜炎/結核性髄膜炎細菌/結核菌
クリプトコッカス髄膜炎真菌日和見感染
進行性多巣性白質脳症(PML)JCウイルス免疫低下時の再活性化

ポリオを「細菌」、Creutzfeldt-Jakob病を「細菌」、進行麻痺を「ウイルス」、HIV脳症を「スピロヘータ」、日本脳炎を「細菌」とするのはすべて誤り。

5-5 HIV感染症とAIDS

  • HIVはCD4陽性Tリンパ球(ヘルパーT細胞)に感染して破壊し、細胞性免疫を低下させる。
  • AIDS(後天性免疫不全症候群)=HIV感染が進行し免疫不全が高度になった病態。
  • 感染経路は性的接触・血液・母子(垂直)感染の3つ。血液・精液・腟分泌液・母乳が媒体。
  • 喀痰・咳・握手・食器の共用では感染しない。標準予防策で対応でき、空気感染隔離は不要。
  • 抗レトロウイルス療法(ART=多剤併用)でウイルス量を抑え、発症を抑制できる治療薬がある。
HIVで生じやすい(日和見感染・神経合併症)HIVでは生じにくい・無関係
ニューモシスチス肺炎(指標疾患の代表)・カンジダ症・サイトメガロウイルス感染・トキソプラズマ症(脳)・クリプトコッカス髄膜炎・PML・HIV脳症・末梢神経障害・無菌性髄膜炎(初感染期)・カポジ肉腫Creutzfeldt-Jakob病(プリオン病)/肝性脳症(肝不全でアンモニアが処理できない)/ペラグラ脳症(ナイアシン欠乏)/Wernicke脳症(ビタミンB₁欠乏)

「免疫不全で生じやすいのはどれか」はトキソプラズマ症のような日和見感染を選ぶ。並んで出る脳症は栄養障害・代謝・プリオンが原因で免疫と無関係。「免疫が落ちると増えるか」を判断軸にする。

5-6 結核

  • 起因菌=結核菌(抗酸菌)。Ziehl-Neelsen染色・喀痰塗抹・培養、ツベルクリン反応、IGRAで診断。
  • 感染経路=空気(飛沫核)感染。N95マスク・陰圧個室・ドア閉鎖が必要。
  • 感染症法の二類感染症。診断した医師は直ちに保健所へ届け出る義務がある。
  • 治療は多剤併用の長期投与。

誤りやすい記述 → 正しくは
病変は肺に限局する → 肺外結核がある(脊椎カリエス・腎結核・粟粒結核・リンパ節・髄膜)/菌は胃酸の中で死滅する → 抗酸菌は酸に抵抗性で、飲み込んだ喀痰から胃液検査で菌が検出される/初期から閉塞性換気障害を呈する → 初期には呈さず、進行・瘢痕化により拘束性または混合性を呈する/新規発症は年間100例未満 → 年間1万人以上

5-7 母子感染と予防接種

  • 先天奇形をきたす経胎盤感染=TORCH症候群:Toxoplasma・Others(梅毒など)・Rubella(風疹)・Cytomegalovirus・Herpes。
  • 妊娠初期の風疹感染=先天性風疹症候群(白内障・先天性心疾患・難聴の3徴)
  • B型肝炎ウイルス・HIVは主に分娩時の垂直感染でキャリア化するが先天奇形は起こさない。MRSA・結核菌・ピロリ菌も奇形の原因ではない。
定期接種任意接種
B型肝炎・日本脳炎・ポリオ・麻疹風疹(MR)・DPT・BCG・水痘・HPVA型肝炎・流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)・インフルエンザ(インフルエンザは高齢者のみ定期接種の対象)

小児のインフルエンザ・水痘にアスピリンを用いるとReye症候群のリスクがあり避ける。アスピリンはCOX阻害でプロスタグランジン合成を抑え、主作用は鎮痛(+解熱・抗炎症)。低用量では抗血小板作用を示し、止血ではなく逆に出血傾向に働く。抗菌・催眠・鎮咳作用はない。

5-8 発癌にかかわる病原体

病原体腫瘍
B型・C型肝炎ウイルス肝細胞癌(慢性肝炎・肝硬変を経る)
ヒトパピローマウイルス(16・18型)子宮頸癌
HTLV-Ⅰ成人T細胞白血病(ATL)
Epstein-BarrウイルスBurkittリンパ腫・上咽頭癌
ヘリコバクター・ピロリ胃癌・胃MALTリンパ腫

HTLV-ⅠとEpstein-Barrウイルスの入れ替えがひっかけ。成人T細胞白血病はHTLV-ⅠでEpstein-Barrウイルスではない。慢性骨髄性白血病はフィラデルフィア染色体(BCR-ABL)によるもので病原体は関与しない。ピロリ菌は膀胱癌とは無関係。

5-9 標準予防策

  • 対象=感染症の有無にかかわらずすべての患者。感染者だけに行う対策ではない。
  • 汗を除くすべての湿性生体物質(血液・体液・分泌物・排泄物・粘膜・損傷皮膚)を感染源とみなす。汗は対象外なので、汗のみに触れるのに手袋は不要。
  • 目的は患者と医療従事者の双方を守ること。患者間の感染防止だけが主目的ではない。
  • 手袋は非滅菌手袋で足りる(滅菌手袋は穿刺・手術などの無菌操作用)。
  • 手洗いは流水と石けん、または速乾性擦式消毒薬でよく、温水である必要はない
  • 眼の防護はゴーグル・フェイスシールド。通常の眼鏡は側方からの飛沫を防げず代用できない。
  • マスクは通常サージカルマスク。N95は空気感染予防策のときだけ
  • 歩行練習中の出血には手袋を着けて対応。屋外の練習でも手指衛生などの基本対策は必要。
  • 創傷皮膚に触れたら、他の部位に触れる前に手洗いをして伝播を防ぐ。

手指衛生の5つのタイミング

  1. 患者に触れる前
  2. 清潔・無菌操作の前
  3. 体液曝露リスクの後
  4. 患者に触れた後
  5. 患者周囲の環境・物品に触れた後

気管吸引・血圧測定・脈拍測定・体温測定は患者に直接触れるので前後とも手指衛生が必要ベッド柵など患者に触れない環境表面の操作は⑤にあたり、「操作の後だけ」でよい

個人防護具(PPE)の扱い

  • 脱ぐ順は手袋→ガウン→ゴーグル→マスク。マスクは最後に外す(最初ではない)。
  • 使用後の手袋は汚染面を内側に巻き込むよう裏返して外し廃棄する。
  • 手袋を外した後の手指衛生は必須。ピンホールや脱着時の汚染があり「手袋をしていたから不要」は誤り。
  • 咳エチケットは手掌ではなくティッシュか肘の内側で口を覆う。

5-10 感染経路別予防策と病室の気圧

予防策対象具体策
接触予防策MRSA・ノロ・腸管出血性大腸菌・疥癬手袋+ガウン。ガウンは退室時に病室内で脱いで廃棄し、手袋を外して手指衛生をしてからドアノブに触れる。マスクはサージカルで足り、個室のドア開放も禁忌ではない
飛沫予防策インフルエンザ・風疹・流行性耳下腺炎・百日咳サージカルマスク、1〜2mの距離
空気予防策結核・麻疹・水痘N95マスク・陰圧個室・ドア閉鎖

気圧の向きは「守るなら陽圧、封じ込めるなら陰圧」
陽圧=集中治療室(ICU)・手術室・無菌室・易感染患者室(外の汚染空気を入れない)。
陰圧=感染症隔離室(病原体を室外へ出さない)。空気感染予防で陽圧にするのは逆で誤り。
一般病室・外来待合室・機能訓練室は特別な気圧調整をしていない。

喀痰からMRSAが検出された症例の肺理学療法は接触予防策。N95・陰圧個室・ドア閉鎖は不要で、手袋・ガウン・退室前の脱衣廃棄・手指衛生を行う。