第3章|記憶と認知

臨床心理学 第3章

3-1 記憶の3過程と、注意・遂行機能との区別

記憶は記銘(符号化)→ 保持(貯蔵)→ 想起(検索)の3過程で説明する。「記憶過程の要素」として選んでよいのはこの3語だけである。

機能構成要素主な担当
記憶記銘・保持・想起海馬・側頭葉ほか
注意選択性・持続性・転換性・配分前頭葉・頭頂葉
遂行機能計画立案・目標設定・実行・自己修正前頭前野

「転換」「配分」は注意の要素、「計画立案」は遂行機能の要素。記憶過程の要素として選ぶと誤り。記憶=覚える/保つ/思い出す、注意=向ける/保つ/切り替える/分ける、と唱えて区別する。

3-2 多重貯蔵モデルと保持時間

貯蔵庫保持時間容量次段階への移行
感覚記憶1秒前後(視覚は約1秒、聴覚は数秒)大きいが即消失注意を向けた分だけ短期へ
短期記憶15〜30秒7±2チャンク(マジカルナンバー)リハーサル(反復)で長期へ
長期記憶数分〜半永久ほぼ無限

短期記憶の容量は7±2(近年は4±1とも)。チャンク=意味のあるまとまり単位で、数字を区切って覚えると見かけの容量が増える。

3-3 即時記憶・近時記憶・遠隔記憶(時間軸の分類)

臨床で「記憶障害の程度」をみるときはこの3分類を使う。間に干渉(他の課題)を挟むかどうかが即時記憶と近時記憶の分かれ目。

分類保持時間評価法・具体例
即時記憶数秒(干渉を挟まない)数字の順唱(digit span)、提示直後にそのまま再生
近時記憶数分〜数日(干渉を挟む)3単語の遅延再生、「昨夜の夕食のおかず」
遠隔記憶数年〜数十年出身校、「結婚したのは何歳か」、以前の社会的事件

数字の順唱=即時記憶。順唱は保持するだけで操作を伴わないので、ワーキングメモリーではない。数字を逆唱させたときがワーキングメモリー

MMSEの「3単語の遅延再生」は近時記憶であって即時記憶ではない。

3-4 ワーキングメモリー(作動記憶)

  • 定義=情報を一時的に保持しながら、同時に処理・操作するシステム。保持だけの短期記憶を発展させた概念。
  • 保持時間は数秒〜数十秒と短い。数日は保持しない(それは長期記憶)。
  • 意識的に操作する記憶なので非宣言的(非陳述)記憶ではない。技能の記憶(=手続き記憶)でも、生活史の記憶(=エピソード記憶)でもない。
  • 中枢は前頭前野(前頭葉)。中央実行系+音韻ループ+視空間スケッチパッドで構成される(バドリーのモデル)。
  • 典型課題=暗算、数字の逆唱、会話の理解、複数の鍋を同時に見ながらの調理。

ワーキングメモリーのキーワードは「数秒」「保持と処理を同時」の2つ。どちらか一方しか書いていない選択肢は他の記憶を指している。

3-5 長期記憶の分類:陳述記憶と非陳述記憶

大分類別名下位分類内容・例
陳述記憶
(宣言的)
顕在記憶
意識的に想起
言葉で説明できる
エピソード記憶個人的な出来事。いつ・どこで・何が起きたか。海外旅行の思い出、教師になったきっかけ
意味記憶一般的な知識・言葉の意味。首都名、建物の建築方法の説明
非陳述記憶
(非宣言的)
潜在記憶
意識せず再生
言語化しにくい
手続き記憶技能・運動手順。自転車に乗る、泳ぐ、器具の操作
プライミング先行刺激が後の処理に無意識に影響する
古典的条件づけ刺激と反応の連合
  • 意識することなく自動的に再生される記憶=手続き記憶。即時記憶・近時記憶・意味記憶・エピソード記憶はいずれも意識的な想起を要する。
  • 手続き記憶は反復により自動化され、健忘や脳損傷でも比較的保たれる。

日常動作の切り分け:自動販売機で飲料を買う場面なら、財布を開ける・小銭を投入する・取出口のフタを開ける・飲料を取り出す=反復で自動化された手続き記憶。これに対しつり銭を確認するのは金額が正しいかを知識と照合して判断する作業なので陳述記憶が必要。「運動の手順か、知識の照合・判断か」で分ける。

3-6 プライミングと、健忘症候群で残る記憶

  • プライミング=先行刺激が後続の刺激の処理に無意識的に影響する現象。意識的想起を伴わない潜在記憶(非陳述記憶)
  • 長期記憶の枠組みで扱う。短期記憶ではない。
  • 繰り返し練習して習熟していくのは手続き記憶であって、プライミングではない。
  • 健忘症候群では陳述記憶(とくにエピソード記憶)が障害され、手続き記憶・プライミングは保たれる

「プライミングは健忘症候群では障害される」は誤り。正しくは健忘でも比較的保たれる。「陳述記憶の1つ」「短期記憶に分類される」もいずれも誤りで、正しくは非陳述(潜在)記憶かつ長期記憶

3-7 展望記憶(未来向きの記憶)

  • 展望記憶=将来のある時点で、予定した行動を実行するための記憶。「明日朝9時の会議に出る」「30分後にベルが鳴ったら訓練を終了する」がこれ。
  • 他の記憶がすべて過去向き・知識であるのに対し、展望記憶だけが未来向き。この一点で解ける。
  • 「いつ思い出すか(存在想起)」と「何をするか(内容想起)」の2要素からなり、服薬・通院・約束などIADLの自立度に直結する。

過去の出来事を語る=エピソード記憶/未来の予定を思い出して実行する=展望記憶。「海外旅行の思い出を語る」を展望記憶とするのは誤り。

3-8 課題と記憶の対応表(総まとめ)

課題・場面該当する記憶
数字の順唱を行う即時記憶
数字の逆唱をする/紙と鉛筆を使わず暗算するワーキングメモリー
覚えた3単語を3分後に思い出す/昨夜の夕食を答える近時記憶
結婚した年齢を答える/昔の社会的事件を思い出す遠隔記憶
自転車に乗る/小銭を投入する/泳ぐ手続き記憶
海外旅行の思い出を語る/教師になったきっかけを説明するエピソード記憶
建物の建築方法を説明する/言葉の意味を答える意味記憶
つり銭が正しいか確認する陳述記憶(意味記憶を使った照合)
明日の会議を翌朝に思い出す/30分後に訓練を終える展望記憶

3-9 記憶にかかわる脳部位

記憶の種類主な関与部位
ワーキングメモリー前頭前野(前頭葉)
エピソード記憶・長期記憶の固定海馬・側頭葉内側
意味記憶側頭葉(外側〜前方)
情動を伴う記憶扁桃体
手続き記憶大脳基底核・小脳
プライミング大脳新皮質

組合せ問題の定番の誤り。長期記憶─視床(視床は感覚の中継核)、手続き記憶─扁桃体(扁桃体は情動記憶)、プライミング─小脳(小脳は手続き記憶側)、エピソード記憶─松果体(松果体はメラトニン分泌器官で記憶とは無関係)。正しい組合せはワーキングメモリー─前頭葉

3-10 運動学習と手続き記憶

学習の3相(Fitts & Posner)

学習者の状態使う記憶・制御
認知相何をするか言葉で理解する。教示・課題説明を受ける段階宣言的(陳述)記憶
連合相試行錯誤して誤りを減らす。まだ自動化されないフィードバック制御
自動相正しい運動パターンを反復練習して定着させる手続き記憶・フィードフォワード制御

手続き記憶に変換されるのは初期段階ではなく、反復練習を経た後期(自動相)。実際の生活環境での実践は、すでに手続き記憶化した運動を応用する般化・転移の段階であって、変換の段階ではない。

制御・部位・注意

  • 初心者はフィードバック制御に頼り、習熟するとフィードフォワード制御(先読み)が主体になる。「習熟するとフィードバック制御」は逆で誤り。
  • 技能が向上すると自動化が進み、運動への意識的注意はむしろ減少する。
  • 小脳は予測と実際の運動の誤差を修正し、運動学習に中心的に関与する。大脳基底核も手続き学習を担う。
  • 固有感覚(位置覚・運動覚)は内在的フィードバックとして運動修正に不可欠で、運動学習に影響する
  • 運動技能(手続き記憶)は言語学習(陳述記憶)より長期に保持されやすい=忘れにくい。

転移・覚醒・学習曲線

用語正しい定義
正の転移前の学習が後の学習を促進する
負の転移前の学習が後の学習を妨害する
保持学習した内容が時間経過後も維持されること(転移とは別概念)
覚醒とパフォーマンス逆U字(Yerkes-Dodsonの法則)。最適水準があり、高すぎても低すぎても成績は下がる。難しい課題ほど最適覚醒は低め
学習曲線上昇したのち頭打ち(プラトー)になる負の加速曲線。逆U字ではない

ひっかけの定番。「妨害するのが正の転移」は誤り→負の転移。「促進するのが正の保持」も誤り→正の転移。「覚醒とパフォーマンスは比例」「関係はない」も誤り→逆U字。逆U字なのは覚醒であって学習曲線ではない、と対で覚える。

フィードバックと練習法

  • KR(結果の知識)=運動の結果・成否についての情報。KP(パフォーマンスの知識)=動作の質・フォームについての情報。
  • KRは毎回与えると学習者がそれに依存し、長期の保持が悪化する。相対頻度を低下させる(漸減・要約・帯域幅フィードバック)ほうが自己修正能力が育ち保持に有利。
  • ブロック練習は習得は速いが保持・転移に劣り、ランダム練習は習得は遅いが保持・転移に優れる(文脈干渉効果)。
  • 運動学習は学習課題の類似性に影響を受ける。類似していれば正の転移、似て非なる課題では負の転移が起こる。

スキルの分類:分離的(個別的)スキル=開始と終了が明確(野球のスウィング・ゴルフスイング・投球)/連続的スキル=反復が続き区切りがない(歩行・走行・自転車こぎ)/系列的スキル=分離的動作をつないだもの(体操の連続技)。「野球のスウィング=連続的スキル」は誤りで分離的スキル

3-11 忘却・干渉と選択的注意

  • エビングハウスの忘却曲線:忘却は学習直後が最も急で、その後ゆるやかになる。
  • 干渉説:順向干渉=前の学習が後の記憶を妨げる/逆向干渉=後の学習が前の記憶を妨げる。
  • 選択的注意:多数の情報から必要なものだけを処理する(カクテルパーティ効果)。

アルツハイマー型認知症でまず障害されるのは近時記憶(エピソード記憶)。手続き記憶と遠隔記憶は比較的保たれるため、動作の練習は成立しやすい。