第3章|気分(感情)障害

精神医学 第3章

3-1 気分(感情)障害の全体像

気分(感情)の異常が一定期間持続し、生活機能が損なわれる疾患群。うつ病(単極性)双極性障害に大別される。両者を分けるのはうつ病相の有無ではなく、躁・軽躁病相の既往があるかである。

病型病相の構成
うつ病(大うつ病性障害)うつ病相のみ。躁・軽躁の既往がない
双極Ⅰ型重度の躁病相(社会生活が破綻し入院を要する水準)+うつ病相
双極Ⅱ型軽躁+うつ病相。重度の躁は起こらない
気分循環症軽躁とごく軽度の抑うつを2年以上反復
持続性抑うつ障害(気分変調症)軽度の抑うつが2年以上慢性に続く

「Ⅱ型では重度の躁状態がみられる」は誤り → 正しくはⅡ型=軽躁+うつ病相。重度の躁がみられるのはⅠ型

3-2 うつ病の症状

精神症状

  • 2大症状=抑うつ気分興味・喜びの喪失
  • 無価値感・自責感・罪業感(自分には価値がない、役に立たない)=中核症状。自殺念慮に直結する
  • 精神運動制止(思考制止・意欲低下・寡動)、集中力低下、決断困難
  • 微小妄想=マイナス方向の妄想。貧困妄想・罪業妄想・心気妄想の3つが代表
  • 希死念慮・自殺企図

身体症状

  • 不眠(とくに早朝覚醒)、食欲低下・体重減少、易疲労性、便秘、性欲低下
  • 頭重感・肩こり・動悸などの自律神経症状。身体症状が前面に出る型を仮面うつ病という

うつの妄想は微小(マイナス方向)、躁の妄想は誇大(プラス方向)。この対比だけで妄想の帰属問題はほぼ解ける。「自分は死んでいる」「内臓が腐っている」といった虚無妄想(Cotard症候群)も重症うつ病でみられる。

3-3 日内変動と生体リズム

  • うつ病の日内変動=朝がもっとも悪く、夕方にかけて軽くなる
  • 睡眠障害は早朝覚醒が特徴。入眠障害より中途覚醒・早朝覚醒が目立つ
  • 季節性感情障害は秋冬に抑うつ、春夏に回復し、高照度光療法が有効

体温の日内リズム(生理学の基礎):調節中枢は視床下部であり小脳ではない。体温は早朝に最低、午後から夕方に最高となる。測定部位は直腸温>口腔温>腋窩温の順に高く、直腸温がもっとも核心温を反映する。基礎体温=早朝覚醒直後の安静時体温で、排卵後はプロゲステロンの作用で高温相となる。体温は高齢者のほうが小児より低い

3-4 症状の疾患帰属(もっとも狙われる弁別)

症状帰属内容
無価値感・自責感うつ病自己の価値を否定する。自殺念慮の温床
微小妄想(貧困・罪業・心気)うつ病マイナス方向の妄想
制止(思考制止・行動抑制)うつ病思考も行動も遅くなる
観念奔逸躁状態考えが次々わき、話題が飛躍する
誇大妄想躁状態自分を過大評価する妄想
気分高揚・多弁・行為心迫躁状態活動性亢進。易怒的にもなる
思考奪取統合失調症考えを抜き取られる=自我障害(させられ体験)
思考途絶統合失調症思考が突然中断する
連合弛緩・幻聴統合失調症話のまとまりを欠く、対話性・命令性の幻聴

「うつ病の症状はどれか」で観念奔逸・誇大妄想を選ぶと躁状態、思考奪取・思考途絶を選ぶと統合失調症の症状になる。うつ病側の答えは無価値感

3-5 躁状態・軽躁状態

症状

  • 気分高揚・爽快気分。易怒的・不機嫌となる型(不機嫌躁病)もあり、常に上機嫌とは限らない
  • 観念奔逸・多弁・話し続ける。誇大妄想(特別な能力・使命があるなど)
  • 行為心迫=活動性亢進。浪費・無謀な投資・性的逸脱など社会的に破綻する行動
  • 睡眠欲求の減少(眠らなくても平気で疲れを自覚しない)。実際には身体は消耗している
  • 病識が乏しいため受診・服薬につながりにくい

躁と軽躁の線引き

躁病相(Ⅰ型)軽躁病相(Ⅱ型)
社会機能著明に障害される障害は軽度。仕事はむしろはかどることもある
入院必要になることが多い通常は不要
精神病症状妄想・幻覚を伴いうる伴わない
本人の自覚病識なし「調子がよい」と感じ受診が遅れる

躁状態への関わりは刺激を減らし、議論・直面化を避ける。制止や説得は易怒性を高める。消耗・脱水・外傷、金銭や対人トラブルの予防が優先で、活動を促す訓練は行わない。

3-6 うつ病と双極性障害の比較

項目うつ病(単極性)双極性障害
生涯有病率高い(5〜10%)低い(1〜2%)
男女比女性が約2倍=男女差が大きいほぼ1:1=男女差が小さい
平均発症年齢中高年に多い(40歳前後)若年(15〜25歳)=低い
遺伝的素因相対的に小さい。一卵性双生児の罹患一致率は低い強い。一卵性双生児一致率60〜80%
自殺リスク高いさらに高い(10〜20%)
誘因状況要因(ライフイベント・心理社会的ストレス)が誘因になりやすい内因性の色彩が強い
病相の回数うつ病相のみうつ病相のほうが頻度・期間とも長いことが多い

比較問題の定番の誤り。

  • 「双極性障害は発症率が女性に2倍多い」→ 誤り。女性が約2倍なのは単極性うつ病で、双極はほぼ男女同等
  • 「双極性障害は単極性うつ病より遺伝的素因が少ない」→ 誤り。双極のほうが強い
  • 「双極性障害は単極性うつ病より有病率が高い」→ 誤り。うつ病のほうが高い
  • 「双極性障害は単極性うつ病より発症年齢が高い」→ 誤り。双極のほうが低い
  • 「双極性障害は自殺のリスクが低い」→ 誤り。うつ病より高い
  • 「同一個人で躁病相の回数はうつ病相より多い」→ 誤り。うつ病相のほうが頻度・期間とも長いことが多い
  • 「うつ病は有病率の男女差が小さい」→ 誤り。男女差は大きい
  • 「うつ病は状況要因が誘因となって発症することが少ない」→ 誤り。誘因になりやすい

設問の主語がどちら向きかを最初に確認する。「うつ病と比較した双極性障害の特徴」なら発症年齢が低い・遺伝素因が強い・自殺率が高い。「双極性障害と比較したうつ病の特徴」なら一卵性双生児の一致率が低い・有病率が高い・女性に多い・状況要因が誘因。

3-7 双極性障害の治療

  • 中心は気分安定薬炭酸リチウム・バルプロ酸・カルバマゼピン・ラモトリギン。躁・うつ両病相の安定と再発予防を担う
  • 抗うつ薬の単独使用は慎重に躁転(うつ病相から躁病相への転換)やラピッドサイクラー化を招く
  • 激しい躁状態には非定型抗精神病薬を併用する
  • リチウムは有効血中濃度域が狭く、定期的な血中濃度モニタリングが必須。中毒では振戦・嘔吐・下痢・運動失調・意識障害。脱水・利尿薬・NSAIDsで血中濃度が上昇する

「双極性障害について正しいのはどれか」で最後まで残る正解は気分安定薬が用いられる

3-8 うつ病の治療

  • 薬物はSSRI・SNRIが第一選択。三環系抗うつ薬は抗コリン作用(口渇・便秘・尿閉・起立性低血圧)が強い
  • 効果発現に2〜4週を要する。改善後も再発予防のため服薬を継続する
  • SSRIの副作用=服用初期の消化器症状、賦活症候群、セロトニン症候群
  • 修正型電気けいれん療法〈m-ECT〉=重症例・強い希死念慮・拒食・薬物無効例に適応。効果発現が速い
  • 精神療法は認知行動療法。急性期ではなく回復期以降に導入する

抗うつ薬の副作用は患者に説明するのが正しい対応。伏せて服薬させない。

3-9 うつ病患者への対応

場面適切な対応
急性期休息・休養を保証する。刺激を減らし、義務や役割をいったん免除する
励まし「頑張れ」と励まさない。叱咤・激励は自責感を強める
重要な決断退職・離婚・財産処分などは回復まで先延ばしさせる。病的に判断力が落ちているため
自殺予防希死念慮は率直に尋ねてよい「自殺しない」と約束を取り付けるのは標準的な対応
服薬効果が出るまでの期間と副作用を説明し、自己中断を防ぐ
病名うつ病であることを伏せずに説明する。治る病気であること・休養が治療であることを伝える

作業療法・運動療法の進め方

  • 急性期には導入しない。回復期から段階的に開始する
  • 短時間・単純・確実に完成できる課題から。競争的な課題、創造性や自己決定を強く求める課題は避ける
  • 疲労を翌日に残さない範囲にとどめる。成果を過度に評価しない
  • 回復期は自殺の危険が高まる。意欲が戻って行動に移せるようになる時期であり、観察を緩めない

3-10 関連する病態と鑑別

病態要点
仮性認知症高齢者のうつ病が認知症様にみえる。発症は比較的急、「わからない」と答え、本人の苦悩の訴えが強い。認知症は緩徐発症で取り繕いが多い
産後うつ病出産後数週〜数か月で発症。産後数日で軽快する一過性のマタニティブルーズと区別する
季節性感情障害秋冬に抑うつ・過眠・過食。高照度光療法が有効
混合状態躁とうつの症状が同時に存在する。自殺リスクがとくに高い
症状性・器質性の抑うつ甲状腺機能低下症、脳卒中後うつ病、Parkinson病、ステロイドやインターフェロンによる薬剤性。身体疾患の除外が先

理学療法の場面では、意欲低下を「怠け」「非協力」と評価しない。訓練拒否・易疲労・朝の不調はうつ病の症状そのものであり、負荷設定と実施時間帯(午後のほうが動ける)を調整する根拠になる。