第2章|言語症状

失語症 第2章

2-1 錯語・新造語・発話異常

錯語の分類

種類内容
音韻性錯語目標語と音が類似するが実在語にならない(非語)。音素の置換・付加・脱落「桜」→「さこら」、「うきわ」→「うしわ」「うきちわ」
形式性錯語目標語と音が類似した別の実在語に置き換わる(音韻性錯語のうち結果が実在語になるもの)「きりん」→「きりえ(切り絵)」、「太鼓」→「たこ」、「ホテル」→「ほたる」
意味性錯語(語性錯語)意味的に関連した実在語「魚」→「ねこ」、「玉ねぎ」→「にんじん」
無関連錯語目標語と無関連「鉛筆」→「みかん」(音も意味も無関連な実在語)
記号素性錯語記号素(形態素=意味をもつ最小単位)のレベルで入れ替わる誤り。複合語・漢字語で起こりやすい「消しゴム」→「消し紙」、「歯ブラシ」→「歯タオル」(語の一部だけが別の形態素に)
新造語原型をとどめない実在しない語「時計」→「せもは」、「机」→「かばんぶた」
再帰性発話常に同じ発話常に「とのとの」

錯語の見分け方は2軸=①誤りが実在語か非語か/②目標語と音で関連するか意味で関連するか。音が似ていて非語=音韻性錯語、音が似ていて実在語=形式性錯語、意味が関連=意味性錯語、どちらでもない実在語=無関連錯語、原型不明の非語=新造語。

記号素性錯語の出方:国試では「誤った組合せ」の見出しとして出ることが多い——第18回では「みかんの呼称で『りんご』」に記号素性錯語のラベルが貼られていたが、これは意味性(語性)錯語で誤り。記号素性錯語は「語の一部(形態素)が別の形態素に置き換わる」もので、語まるごとの置換ではない。音素単位なら音韻性錯語/形態素単位なら記号素性錯語/原型をとどめなければ新造語と、置き換わった単位の大きさで切る。

音韻性錯語と形式性錯語は同一ではない。「桜」→「さこら」は非語なので音韻性錯語、「きりん」→「きりえ」は音の似た実在語なので形式性錯語。形式性錯語は音韻処理の途中で音の似た別の実在語が選ばれた結果で、語の意味理解自体は保たれていることが多い。
目標語「うきわ」の例では、「うちわ」は音が近い実在語なので無関連錯語ではない(形式性/音韻性錯語)。「うきちわ」は音素の付加で新造語ではなく音韻性錯語。「ドーナツ」は音が似ておらず形式性錯語ではない(丸い物という意味寄りの誤り)。
また「鉛筆」→「あかえんぴつ」のように目標語を含んだより限定的な語になる誤りは、別の実在語への置換ではないので形式性錯語の典型ではない。
意味性錯語の例:「先生」→「がっこう」。「犬」→「ドッグ」は意味は同じで別言語 → これは迂言ではなく語性錯語(語彙間の置換)。

ジャルゴンの3型

内容
意味性ジャルゴン実在語が連なるが意味の通らない発話。流暢で内容が空虚。背景に語の意味理解障害を想定「そうですか。いろいろありますけど、なんでもいいわけですから…」
新造語ジャルゴン実在しない語(新造語)が主体の発話「かばんぶたが、せもはで…」
音韻性(未分化)ジャルゴン語として切り出せない音の羅列「たまれほ、りぬけ…」

3型の分かれ目は実在語か/非語か/語にすらならない音の連なりか。流暢だが内容が空虚で、使われている語は実在語という応答は意味性ジャルゴンを疑い、背景に語の意味理解障害を併せて想定する。このとき、新造語(非実在語)が目立たなければ新造語ジャルゴンではなく特定の語が別語に置き換わる誤りが目立たなければ語性錯語が主症状とはいえず語順や助詞の取り違えが前面でなければ統語の理解障害でもない——これらを外して意味理解のレベルの障害に絞る。

喚語の手がかり(ヒント)の選び方

語頭音ヒント(「と…」で「時計」を促す)は、語の意味は保たれているのに語形が出てこない喚語困難=意味段階〜語彙検索の障害に有効。一方、音韻性錯語が頻発する例では語頭音ヒントの有効性は低い——障害されているのが音韻の選択・配列そのもの(音韻出力段階)なので、音を与えても正しい配列に到達できないため。錯語のタイプを見て手がかりを選ぶ。

あわせて押さえる「断定できない」典型(いずれも誤り):
・「単語の意味理解障害があると統語理解障害を生じる」→ 意味理解と統語理解は独立して障害されうる
・「漢字単語が正しく音読できたら正しく読解ができたと判断できる」→ 音読できても意味が分かっているとは限らない(音読と読解は別経路)
・「仮名1文字の音読ができない症例では仮名単語の音読はできない」→ 単語単位では読める場合がある
・「聴覚提示された6文節文が理解できない場合は聴覚的把持力が低下している」→ 理解障害は把持力以外の要因でも生じ断定できない

その他の発話異常

症状内容
反響言語(エコラリア)相手の発話をそのまま繰り返す
迂言目標語が出ないとき説明で言い換える表現(「水泳」→「泳ぐときに使うもの」、「時計」→「時間を見るもの」)
補完現象文の末尾を自動的に補う
ジャルゴン意味不明な流暢な発話(意味性・新造語性)
保続前の反応が持続する
語漏意図せず語が漏れる(流暢性失語)

語間代(logoclonia)は失語症の症状ではない。語尾の音節・語句を不随意に反復する症状(「そうですですです」)で、仮性球麻痺・パーキンソン症候群・認知症など運動/構音系・神経学的症状としてみられる。失語症の症状として挙げられるのは錯語・新造語・ジャルゴン・失文法・保続・再帰性発話・迂言・失読・失書であり、これらと語間代は区別する。なお「語間代は語漏の一種」も誤り(語漏は流暢性失語でみられる意図しない語の流出で、「発語失行 → 語漏」の組み合わせも誤り)。
「えーと、あれ」は語想起の遅延・間投詞であり迂言ではない(迂言は説明による言い換え)。「心像性 → 具象語」は正しい組み合わせ(心像性が高い = 具象的な語)。

2-2 発話の流暢性

流暢性の評価指標

流暢性の主要指標:

  • 発話の長さ(1発話の語数)
  • 文法的複雑さ
  • プロソディ(韻律)
  • 努力性の有無

「保続は流暢性の評価指標」は誤り → 保続は流暢性の指標ではない。「1/10ぐらいの頻度で発せられる最も長い発話(最長発話長)」は流暢性の重要な指標。「標準失語症検査(SLTA)のプロフィールから流暢性を診断できる」は誤りSLTAに流暢性の尺度はないため、プロフィールだけで流暢/非流暢は決まらない。流暢性はWAB・BDAE(ボストン失語症診断検査)の流暢性尺度や、自由会話・発話量の観察で評価する。「伝導失語は非流暢性失語の一つ」は誤り → 伝導失語は流暢性失語。

流暢性の押さえどころ=①文法的複雑さは重要な指標/②最長発話長は重要な指標/③ボストン学派(BDAE)の失語分類の基本をなす概念。逆に、SLTAプロフィールからの診断・伝導失語=非流暢性、はいずれも誤り。流暢性失語=伝導・ウェルニッケ・健忘・超皮質性感覚、非流暢性失語=ブローカ・全失語・超皮質性運動。

ボストン失語症診断検査の流暢性尺度

流暢性尺度に含まれるもの:

  • 句の長さ・喚語・文法的形態・錯語
「努力性」は流暢性尺度に含まれない

2-3 発語失行

発語失行の特徴

✅ 発語失行にみられる:

  • 構音運動の探索(探求)
  • イントネーションの平板化
  • 努力性の発話
  • 発話速度の低下
  • 音の歪み・音の置換
  • 一貫しない音の誤り

❌ 発語失行にみられない:

  • 気息性嗄声(声質の異常)→ 痙性構音障害などでみられる
  • 声質の異常

「気息性嗄声は発語失行の特徴」は誤り → 発語失行に声質異常はない。「一貫した音の誤りは発語失行の特徴」は誤り → 発語失行は非一貫性が特徴。一貫した誤りは痙性構音障害。

発語失行 vs 痙性構音障害

特徴発語失行痙性構音障害
口唇音→舌音置換
(構音点の置換)
✅(あり・特徴的)❌(なし)
音の歪み
鼻音への置換❌(なし)
一貫した誤り❌(非一貫性)
音の省略

発語失行にあって痙性構音障害にないのは「口唇音の舌音への置換」=構音点(調音位置)の置換誤り。発語失行は構音運動のプログラミングの障害なので、まったく別の構音点の音に置き換わる置換が起こる。痙性構音障害は運動の実行の障害なので、歪み・鼻音化・弱化といった一貫した誤りが中心で、構音点の置換は生じない。
一方、音の歪み・音の省略は両者にみられ、鼻音への置換は痙性構音障害でも鼻咽腔閉鎖不全により生じ、一貫した音の誤りはむしろ痙性構音障害の特徴(発語失行は一貫しない)。したがって「発語失行にあって痙性構音障害にないもの」を選ぶ設問では、これら4つはすべて除外される。

音韻性錯語 vs 発語失行の鑑別

仮名書字(書取)が鑑別に有用
  • 発語失行:書字は保たれる可能性がある
  • 音韻性錯語:書字にも音韻性の誤りが出る

2-4 読み書きの障害

錯読の分類

錯読の種類特徴出現する障害
音韻性錯読音韻的に類似した語への置換音韻失読・伝導失語
意味性錯読意味的に関連した語への置換(「犬」→「猫」)深層失読
語彙化錯読非語を実在語に読み替える誤り(例:非語「たぬこ」→「たぬき」)音韻性失読(非語の音読が困難)
視覚性錯読視覚的(形態的)に類似した語への置換特定の失読に固有ではない
類音性錯読同音・類音語への置換語義失語・超皮質性感覚失語
規則化錯読不規則な読みをもつ語を規則的な読みに当てはめて誤る(例:熟字訓「竹藪」を「ちくそう」と読む)表層性失読漢字単語の音読でみられる)
逐字読み1文字ずつ読む純粋失読

「意味性錯読は純粋失読の特徴」は誤り → 意味性錯読は深層失読の特徴。純粋失読の特徴は逐字読み・語長効果。
「音韻性錯読は表層性失読の特徴」は誤り → 表層失読の特徴は規則化錯読
「視覚性錯読は音韻性失読の特徴」は誤り → 視覚性錯読は形が似た語への誤読で、音韻失読に特異的ではない。
「規則化錯読は漢字単語の音読でみられる誤りである」は正しい → 不規則な読みをもつ漢字語(熟字訓など)を規則的に読んでしまう誤りで、表層失読に特徴的。
「語彙化錯読は仮名単語の音読でみられる誤りである」は誤り → 語彙化錯読は非語を実在語に読み替える誤りで、音韻失読でみられる。

錯読の型と失読タイプの対応表層失読=規則化錯読(不規則語を規則読み・漢字)/深層失読=意味性錯読・具象語優位/音韻失読=非語の音読困難・語彙化錯読純粋失読=逐字読み・語長効果

漢字単語の音読では、目標語と読み誤りの関係がどの型に当たるかを照合して分類する。判定の順序は①字形が似ているか ②意味が関連するか ③音が似ているか ④音の配列が崩れているか ⑤読めない語を実在語にすり替えたか

錯読の型判定の基準漢字単語音読の例
視覚性錯読字形が似た別の字・語に取り違える「基地」→「ぼち」(基を墓と取り違える)
意味性錯読意味的に関連する別語に置き換わる「蛸(たこ)」→「いか」
音韻性錯読音の配列が乱れる(置換・転置・付加・脱落)「竹藪(たけやぶ)」→「たやけぶ」
類音的(類音性)錯読字の音(読み)の類似に引かれて別の読みになる「海老(えび)」→「かいろう」
語彙化錯読本来読めない非語を実在語に読み替える非語「たぬこ」→「たぬき」
規則化錯読不規則な読みの語を規則的な読みに当てはめる「竹藪」→「ちくそう」(熟字訓を音読みに)

語彙化錯読は「提示された刺激が非語であること」が前提。実在する漢字語(「天丼」など)を別の語や非語に読み誤っても語彙化錯読とは呼ばない——この点が組合せ問題の頻出の引っかけで、実在語の読み誤りに「語彙化錯読」と付いていたら誤った組合せである。
また同じ語でも誤り方によって型が変わる:「竹藪」を「たやけぶ」と読めば音韻性錯読、「ちくそう」と読めば規則化錯読。語の名前ではなく目標語と誤答の関係で判定する。

文字種による解離(漢字と仮名)

日本語には2つの文字種があり、読み書きで用いる経路が異なる:

  • 漢字=表語文字。字形が語・意味に直結する語彙・意味経路優位で処理される
  • 仮名=表音文字。文字を音に変換する音韻経路を要する

このため原則として「漢字>仮名」で漢字のほうが保たれやすい。音韻処理が障害されるタイプでは仮名・音読側に誤りが集中する。

失語タイプ読み書きの特徴
ウェルニッケ失語音韻処理が障害されるため、読解では仮名より漢字のほうが保たれやすい(「漢字より仮名が保たれる」は誤り)
ブローカ失語漢字の音読(出力)よりも読解(理解)が保たれる(音読と読解の解離)
伝導失語音韻出力の障害により、漢字の音読でも音韻性の誤りがみられる
語義失語意味を介さず音から類推するため類音的錯読がみられる
超皮質性感覚失語意味理解の障害により仮名単語・漢字単語とも理解が低下しうる(復唱は良好)

読み書きの文字種で迷ったら「漢字(表語・意味に直結)>仮名(表音・音韻変換を要する)」が原則。「ウェルニッケ失語の読解では漢字よりも仮名が保たれる」は誤りで、上表の他4つ(ブローカの音読<読解、語義失語の類音的錯読、伝導失語の漢字音読での音韻性の誤り、超皮質性感覚失語の仮名単語理解低下)はいずれも正しい記述。

純粋失読の特徴

  • 逐字読み
  • 語長効果(語が長いほど成績が低下)
  • 運動覚促通(指でなぞると読める)
  • 右同名性半盲を伴う(古典型)
  • 古典型病巣:左後頭葉+脳梁膨大部(左後頭葉の損傷で右視野が、脳梁膨大部の離断で左視野からの文字情報が左半球の言語野に届かなくなる)
  • 非古典型病巣:左後頭葉皮質下・白質病変(角回への視覚情報の離断)
  • 類音性錯読はみられない(純粋失読の特徴ではない)

「非古典型(純粋失読)では左縁上回に病変がある」は誤り → 非古典型の病巣は左後頭葉皮質下などの白質病変であって、左縁上回ではない(左角回でもない)。
一方、「古典型では脳梁膨大部に病変がある」「逐字読みが出現する」「語長効果が顕著である」「なぞり読みが可能なことがある」はいずれも正しい記述なので、純粋失読について「誤っているもの」を選ぶ設問ではこれらは除外される。「純粋失読に類音性錯読がみられる」も誤り。

書字障害の分類

症状内容
過剰書字右半球損傷で出現
左角回損傷仮名優位の書字障害(漢字優位ではない)
失行性失書他の失行とは独立して出現することがある
前頭葉性失書文字の選択・配列の障害
脳梁損傷左一側の書字障害

錯書の分類

錯書の種類
形態性錯書「侍」→「待」(形が類似)
類音性錯書「親友」→「新タ」(音が類似)
音韻性錯書音韻的置換

「貝」→「め」を形式性錯語とするのは誤り。形式性錯語は目標語と音韻的に類似した実在語(例:「太鼓」→「たこ」)を指すが、「貝(かい)」と「め」は音も意味も共通しないため無関連錯語に近い。いずれにせよ呼称(発話)の誤りなので形態性錯書ではない。

書字の二重経路(漢字と仮名)

  • 仮名書字=音韻-文字変換。聞こえた(思い浮かべた)音(音韻)を仮名文字に変換して書く経路を用いる
  • 漢字書字=語彙・意味経路。語の形(字形)をまとまりとして想起して書く

漢字は書けるのに仮名が書けない=音韻-文字変換の障害を疑う(例:書き取りで漢字の「卵」は書けたが平仮名の「たまご」は書けない)。逆に漢字だけ困難なら語彙・意味系の障害を考える。
この解離は「書字習慣がない」「単語の心像性が低い」「総画数が多い」では説明できない(漢字が書けている時点で書字習慣は保たれ、「たまご」は具体物で心像性は高く、仮名のほうが字形は単純)。また非利き手(左手)で書いていることも理由にならない——手の問題なら漢字も同様に書けないはずだから。

書字(失書)の評価の原則

  • 非利き手でも評価できる。失書は言語性の障害で、書字に必要な言語処理は使う手に依存しない。右片麻痺例では左手(非利き手)で書かせて評価してよい
  • 字形の拙劣さ(運動の稚拙さ)と失書は区別する。非利き手ゆえの字の乱れを失書と取り違えない
  • 写字・書き取り・自発書字(書称)は分けて評価する。それぞれ要求される処理が異なる
  • 漢字と仮名、アラビア数字と漢数字も項目ごとに評価する(解離しうる)

書字能力について正しいのは「非利き手でも評価できる」。以下はいずれも誤り:
・「書き取りができれば書称はできる」→ 書称は語想起を要する別能力で必ずしも一致しない
・「漢字が書ければ平仮名は書ける」→ 漢字と仮名は独立した経路で解離する
・「アラビア数字が書ければ漢数字は書ける」→ これも解離しうる
・「自分の氏名と住所が書ければ失書はない」→ 氏名・住所は過学習された情報で残りやすく、書字能力全体の代表にはできない

書き取りと書称の関係

  • 書き取り可能でも書称が困難:喚語障害(語想起障害)が原因
  • 書称が困難でも書き取りができる:意味的想起の問題

2-5 純粋語聾

  • 語音認知の障害(音声言語の了解ができない)
  • 書き取り(書取)で成績低下(語音認知が必要)
  • 純音聴力は保たれる(閾値上昇なし)
  • ABR(聴性脳幹反応)は正常(末梢聴覚は正常)
  • 一側性脳病変でも生じうる(両側性が多いが一側でも)
  • 環境音の認知は比較的保たれる(環境音の理解障害は伴わない)
  • 音楽の認知も比較的保たれる(失音楽は必発ではない)
  • 語音弁別能は低下する(正常ではない)
  • 皮質聾とは同義ではない
  • 病巣は両側または左の聴放線〜聴覚野付近

純粋語聾=「語音」の弁別・理解だけが選択的に障害される。末梢〜脳幹の聴覚伝導は健全なのでABRは正常、純音聴力もほぼ正常。環境音の理解障害は「環境音失認」、音楽の障害は「失音楽」という別の症状であり、純粋語聾そのものの症状ではない。環境音まで障害されるのは皮質聾(全聴覚の障害)、語音以外も含むのは聴覚失認——この3つの守備範囲の違いが鑑別の要点。

純粋語聾について正しいのは「聴性脳幹反応(ABR)は正常を示す」。以下はいずれも誤り:
「失音楽を伴う」→ 必発ではない(音楽の認知は比較的保たれる)
「環境音の理解障害を伴う」→ 環境音の認知は比較的保たれる
・「皮質聾と同義である」→ 皮質聾は環境音も含む全聴覚の障害で別物
・「語音弁別能は正常を示す」→ 語音弁別こそが選択的に障害される
そのほか「一側性脳病変では生じない」「ABRにて異常を示す」「純音聴力検査で大幅な閾値上昇」もいずれも誤り。

2-6 語音認知と言語性短期記憶

聴覚的理解の処理階層

聞いて分かるまでは段階的な処理を経る。どの段階でつまずいているかで、落ちる課題と観察される反応が変わる

音声入力 ↓ ① 語音認知    (音として聞き分ける) ↓ ② 語彙アクセス  (音の並びを既知の語として同定) ↓ ③ 語の意味理解  (語と概念を結びつける) ↓ ④ 統語(文)理解 (語順・助詞から文の関係を理解)
障害段階落ちる課題特徴的な反応
① 語音認知障害非語復唱・語音弁別・仮名1文字の書取・モーラ抽出音として聞き取れない。「えっ?」と聞き返すことが多い(純粋語聾など)
② 語彙アクセスの障害実在語/非語の判断(語彙判断)音は取れるが既知の語として同定できない
③ 単語の意味理解障害単語の絵・物品ポインティング、語と絵の照合「時計ってなんですか」のように語の意味(概念)そのものを問い返す(語義失語的)
④ 統語理解障害可逆文(「犬が猫を追う」)の理解、複雑な文の理解単語は分かるが、誰が誰に何をしたかを取り違える

「時計はどれですか」に「時計ってなんですか」と返す反応は単語の意味理解障害を示す。以下は当てはまらない:
語想起障害→ 言いたい語が出てこない産生側の障害で、聞いた語の意味は保たれる
語音認知障害→ 音として聞き取れない障害だが、本例は「時計」を復唱できており聞き取れている
統語理解障害→ 文構造の障害であって、単語1語の意味喪失は説明できない
音韻の配列障害→ 発話産生側の障害で、理解の障害ではない

「えっ?」と聞き返す反応の要因は2つ語音認知障害注意障害。どちらも質問の音声をそもそも取り込めていない=入力段階の問題である(語音認知障害=音声の認知が困難で聞き返す/注意障害=問いに注意が向かず聞き返す)。
次はいずれも聞き返しの主因ではない
健忘→ 質問は聞き取れており、答え(年齢など)を思い出せないときの反応
喚語困難→ 答えの語が出てこない産生側の問題で、聞き返しとは異なる
統語理解障害→ 「何歳ですか?」のような短く単純な問いでは生じにくい(可逆文や複雑な文で初めて表面化する)
要点=聞き返し=入力段階(語音認知・注意)/答えが出ない=想起・産生段階(健忘・喚語困難)と切り分ける。

「復唱できるのに正しく指させない」反応の読み取り

単語のポインティング課題で、提示語をそのまま言い返せる(復唱できる)のに、無関係な絵を指すという反応がある。例:「桜はどれですか」と聞かれて「さくらはどれですか」と言いながら、カエルの絵を指さす。
この反応は音は正しく取り込めている(語音認知は保たれる)が、その語が指す概念にたどり着けないことを示す=単語の意味理解障害(語義の障害)である。

候補となる解釈この反応に当てはまるか理由
単語の意味理解障害✅ 当てはまる音は受け取れる(復唱可能)のに意味に到達できず、誤った絵を選ぶ
語音認知障害提示語を正しく言い返せている時点で、聞き取り自体は保たれている
意味性錯語錯語は表出(呼称・発話)側の言い誤りで、理解課題の誤りの説明にならない
聴覚的把持力の低下把持力が問題になるのは長い系列・複数指示の課題。単語1語の課題では表面化しない
読解の障害音声で提示された語への反応であり、文字の読解は関与していない

復唱の可否が切り分けの鍵復唱できない → 語音認知(入力音韻)の段階復唱できるのに理解できない → 意味の段階。後者は語義失語・超皮質性感覚失語でみられる典型像である。
あわせて誤りが理解課題で出たのか表出課題で出たのかを必ず確認する——錯語(意味性・音韻性)は表出側の症状なので、指さしの誤りを錯語と呼ばない。

語音認知障害が困難にする課題

語音認知障害があると困難になる課題(聴覚入力を要する):

  • 非語復唱
  • 仮名1文字の書取
  • モーラ抽出
  • 語音弁別

語音認知障害があっても可能な課題:

  • 呼称・読解・非語音読(聴覚入力不要)

「語音認知障害 → 呼称が困難」は誤り → 呼称は視覚入力。「語音認知障害 → 非語音読が困難」も誤り → 非語音読は視覚入力。

復唱障害の要因

復唱成績を低下させる要因:

  • 音韻処理障害
  • 語音認知の障害
  • 発話運動の障害(発語失行)
  • 聴覚的把持力の障害
  • 音韻性錯語
語の意味理解障害・文字-音韻変換障害は復唱障害の要因ではない(復唱に意味理解は不要)

復唱が成立するために必要な処理

復唱は意味を経由しない経路で成立する。逆にいえば、文の復唱ができている時点で「その経路上の処理は保たれている」と言い切れる

音声入力 ↓ ① 語音認知      (音として正しく聞き取る) ↓ ② 音韻の保持     (言語性短期記憶=聴覚的把持力) ↓ ③ 音韻の配列     (音を正しい順に並べる) ↓ ④ 構音・発話出力
能力文の復唱が可能なら理由
語音認知✅ 保たれている聞いた音を正しく取り込めている
音韻の配列能力✅ 保たれている音を正しい順序で並べて出力できている
言語性短期記憶(聴覚的把持力)✅ 保たれている文の長さを保持したうえで再生できている
喚語能力― 判断できない復唱は語を自分で想起しないため、喚語が保たれている証拠にはならない
統語理解― 判断できない復唱は意味・文法の理解を介さず行えるため、理解の証拠にはならない

復唱の経路=語音認知 → 音韻保持 → 音韻配列 → 出力。意味処理を通らないので、超皮質性失語では理解も表出も悪いのに復唱だけ保たれるという解離が起きる。「復唱ができるから理解できている」「復唱ができるから語も出る」と読み替えないことが要点。

2-7 意味システムと認知神経心理学的モデル

意味システムの障害

意味システムが損傷されても可能なもの:

  • 復唱(意味を介さないルートを使用)

意味システムの障害で低下するもの:

  • 聴覚的理解・読解・呼称・書称(すべて意味処理が必要)

意味システムが障害されても成績が低下しない課題

意味をまったく経由しない課題だけが保たれる。該当するのは次の2つ:

  • 非語を復唱する(音韻処理のみ・意味不要)
  • 音声提示された仮名1文字を指さす(音‐文字対応のみ・意味不要)

意味システム障害で低下する課題:

  • 線画を呼称する(物の概念=意味が必須)
  • 仮名単語を見て理解する・漢字単語を理解する(意味理解が必須)
  • 仮名単語を音読する(実在語の音読には語彙‐意味経路が関与するため低下する側)
  • 漢字単語を書き取る(漢字書字は語彙・意味経路を通るため低下する側)

「仮名単語の音読は意味を使わないから低下しない」は誤り。仮名でも実在語の音読には語彙‐意味経路が関与するため、意味システム障害で低下する側に入れる。意味を使わずに済むのは非語の復唱(音韻ループのみ)と音声提示された仮名1文字の指さし(音‐文字対応のみ)の2つだけ。
見分け方=①その課題は「語」として意味に触れる必要があるか ②非語・1文字ならば意味に触れない。呼称・語理解のように意味が必須の課題は当然低下する。

単語の意味理解が低下した失語症者で困難な課題・保たれる課題

語の意味そのものが損なわれている例では、意味を経由する課題が困難になり、音(音韻)だけで処理できる課題は保たれやすい。課題ごとに「意味を通るか」を問い直すのが判定の手順である。

課題意味理解低下例では理由
文章読解❌ 困難文の内容を理解するには語の意味が必要。意味の障害が直接響く
漢字単語の書取❌ 困難漢字書字は語彙・意味経路で字形をまとまりとして想起するため、意味の障害を受けやすい
語音認知✅ 保たれやすい音を聞き分ける処理で、意味を通らない
単語復唱✅ 保たれやすい復唱は意味を介さない経路で成立する
統語理解△ 一様には落ちない語順・助詞から関係を捉える別側面の処理で、語の意味障害と必ずしも並行しない

要点=意味を通る課題か、音だけで済む課題か読解・漢字の書取・呼称・語の理解は意味経路に依存し、語音認知・復唱(とくに非語)は音韻処理だけで成立する。
とくに漢字は意味(語彙)ルートに依存するため意味障害の影響を受けやすいのに対し、仮名は音韻‐文字変換で書けるため相対的に保たれうる——この非対称が問われやすい。