この章のねらい:音の高さ(ピッチ)は、蝸牛の
聴覚生理と直結する心理量です。
基底膜のどこが振動するか(場所説)と
聴神経がどう発火するか(時間説)は、そのまま聴力検査や人工内耳(周波数マッピング)の背景になります。
音色とフォルマントは語音(母音)の聞き分けの基礎で、
語音聴力検査や構音の評価につながります。まずは
ピッチの単位メルと、
周波数(物理)とピッチ(心理)が非線形にずれることを押さえましょう。
2-1 音の高さ(ピッチ)とメル尺度
ピッチ(音の高さ)は主に周波数で決まる心理量で、単位はメル(mel)です。基準は1000Hz・40dB SPLの純音=1000メルと定められています。基本は周波数が高くなるほど高さも高くなるですが、両者の関係は非線形です。
物理量と心理量のずれ:①1オクターブ=周波数比2:1(物理)だが、主観的な高さが「2倍」に感じるわけではない。②同じ周波数でも音圧が変わると高さがわずかに変わることがある。③高さは主に周波数で決まるので、同じ音圧で周波数が高くなれば高さは高くなる(低くはならない)。周波数(Hz)とピッチ(mel)を混同しないのが基本。
ひっかけ:「1オクターブは2倍の高さに感じる」は誤り。周波数は2倍でも、主観的高さの倍率とは一致しない。また「周波数が高くなると高さが低くなることがある」は誤り(高さは高くなる)。
2-2 ピッチ知覚の理論 ― 場所説と時間説
耳がどうやって高さを聞き分けるかには、2つの説があり、得意な周波数帯が異なるため相補的に働きます。
| 説 | 手がかり | 有効な帯域 |
| 場所説 | 基底膜上の最大振幅の位置(共振点)がピッチを決める(周波数局在) | 高周波で有効 |
| 時間説 | 聴神経の発火が音波の周期に同期(位相同期)し、その発火の時間間隔がピッチを決める | 低〜中周波(約4〜5kHz以下)で有効 |
棲み分けの核:聴神経の位相同期は約5kHzより上で失われるため、高周波(5kHz以上)のピッチは時間説では説明できず、場所説による。逆に低〜中周波では時間説が有効。両説は排他でなく帯域で役割分担する、と理解すると誤りの選択肢を見抜ける。
ひっかけ:・「5kHz以上のピッチは時間説で説明できる」は誤り(場所説)。・「明確な周期性を持たないバンドノイズのピッチは時間説で説明できる」は誤り(周期性がなく時間説では説明しにくい)。3kHz以下など位相同期が働く帯域では時間説が成り立つ。
2-3 複合音のピッチとミッシングファンダメンタル
倍音を含む周期的複合音のピッチは、その周期に対応する基本周波数(基音)で決まります。おもしろいのは、基本周波数の成分が物理的に無くても、倍音群からその基本周波数のピッチが聞こえることです。
ミッシングファンダメンタル:基音成分が欠落しても、倍音(例:200・300・400Hz)から最大公約数にあたる基本周波数(100Hz)のピッチが知覚される現象。これをバーチャル(仮想)ピッチという。電話の声(低い基音がカットされても声の高さが保たれる)が身近な例。
2-4 周波数弁別閾(DLF)
周波数弁別閾(DLF)は、2音のどちらが高いかを区別できる最小の周波数差です。臨界帯域幅(第3章)とは別の概念で、混同が狙われます。
- 二肢強制選択で正答率が75%となる周波数差として求める。
- 刺激音の周波数が高いほど弁別閾(絶対値)は大きくなる。持続時間が長いほど弁別しやすい(DLFは小さく)。
- 相対弁別閾(比弁別閾)は1〜2kHzで最小(最も鋭敏)。
ひっかけ:「周波数弁別閾は臨界帯域幅に等しい」は誤り。DLFは臨界帯域幅よりはるかに小さく、両者は別物(大きさも役割も違う)。
2-5 音色とフォルマント周波数
音色は、同じ高さ・大きさでも音を区別させる性質で、主に倍音(スペクトル)構成で決まります。母音の聞き分けに重要なのがフォルマントです。
フォルマントの核:フォルマント=声道の共鳴周波数。日本語5母音は第1フォルマント(F1)と第2フォルマント(F2)で弁別される。フォルマントは声道の形と長さで決まり、基本周波数(声の高さ)とは独立。声道が短い(子ども)ほどF1・F2ともに高くなる。
ひっかけ:「声が高くなるとF1・F2が高くなる」は誤り(フォルマントは声道形状で決まり、声の高さとは独立)。「声道が短くなるとF1は高くF2は低くなる」も誤り(短くなればF1・F2ともに高くなる)。
つながる知識:フォルマントと基本周波数が独立という原理は、
音響学の声道フィルタ理論そのもの。母音のF1・F2は
語音聴力検査や構音評価での母音の聞き取りにもかかわります。
次章へ:次章では
聴覚フィルタ・マスキング・臨界帯域を扱います。基底膜の周波数選択性を「フィルタ」としてとらえる考え方で、
マスキング(聴力検査のマスキング法の土台)と
内耳性難聴で分解能が落ちるしくみを理解します。