この章のねらい:この章はST聴覚検査の理論的な中心です。
マスキングは、左右の聴力差が大きいときに反対耳を遮蔽する
聴力検査のマスキング法の原理そのもの。
聴覚フィルタ/臨界帯域は、
蝸牛(基底膜)の周波数分解能を表し、
内耳性難聴で分解能が落ちる=雑音下で聞き取りにくいしくみを説明します。ここは数値と「広い/狭い」の方向を逆に覚えやすいので、
「中心周波数が高い→帯域幅は広い」「内耳障害→帯域幅は広がる」を軸に整理します。
3-1 聴覚フィルタと臨界帯域幅
聴覚フィルタは、内耳の基底膜の周波数選択性を反映した帯域通過(バンドパス)フィルタとしてモデル化されます。その帯域幅にあたるのが臨界帯域幅です。
| 条件 | 帯域幅 | 補足 |
| 中心周波数が高い | 広い | 低域(〜500Hz)はほぼ一定(約100Hz)、それ以上は中心周波数の約1/4〜1/3オクターブ。1000Hzで約160Hz |
| 音圧レベルが高い | 広い | 高レベルでフィルタは広がり、周波数応答は非対称に |
| 感音(内耳性)難聴 | 広い | 周波数分解能が低下(→雑音下の聞き取り悪化) |
フィルタ形状:聴覚フィルタは中心周波数をピークになだらかに減衰するバンドパス特性で、周波数-利得関数の傾斜は低域側より高域側が急(非対称)。対称性は入力レベルで変化する。生理的基盤は基底膜(基底板)の振動特性。
方向のひっかけ(最頻出):・「中心周波数が高いほど帯域幅が狭くなる」は誤り(広くなる)。・「帯域幅は中心周波数が低い方が高い方より広い」は誤り(低い方が狭い)。・「内耳性障害で帯域幅は健聴者より狭く/臨界帯域幅が減少」は誤り(広がる/増大)。すべて「高い・障害→広い」で統一。
3-2 マスキングと上方拡散
マスキングは、ある音(マスカー)によって別の音が聞こえにくくなる現象です。試験では広がり方の非対称性と継時マスキングが頻出です。
- 上方拡散(upward spread):マスキング効果はマスカーより高い周波数側に大きく広がる。=マスカーより高音側がマスクされやすい。
- 継時マスキング:マスカーと標的音が同時でなくてもマスキングは生じる(前向き=順向マスキング/後向き=逆向マスキング)。
- 両耳間(中枢性)マスキング:雑音と純音を左右別の耳に与えても生じることがある。
- マスキングに有効なのは臨界帯域内の帯域雑音。白色雑音は帯域が広く無駄が多い。加重(不規則)雑音は語音検査のスピーチノイズに用いる。
ひっかけ:・「純音のマスキングの広がりは低周波数側で大きい」は誤り(高周波数側で大きい=上方拡散)。・「マスキングは同時提示のときのみ生じる」は誤り(継時マスキングがある)。・「純音は帯域雑音でマスクできない」は誤り(マスクできる)。
つながる知識:上方拡散は
聴力検査のマスキング法で「非検耳に入れる雑音の強さ・周波数」を考える背景。左右差が大きいと交叉聴取(chattering)が起こるため、適切なマスキングが必要になります。
3-3 臨界帯域とマスキング(フレッチャーの臨界帯域説)
純音を雑音でマスクするとき、どの範囲の雑音が効くかを説明するのがフレッチャーの臨界帯域説です。
臨界帯域説の核:純音のマスキングに有効に寄与するのは、その純音周波数を含む聴覚フィルタ(臨界帯域)内の雑音パワーだけ。フィルタ外を通過する雑音は寄与しない。だから帯域雑音の帯域幅を臨界帯域幅より広げても、それ以上はマスキング効果の上昇が緩やかになる。白色雑音では雑音パワーが上がると検出閾値も上がる。
ひっかけ:「関与する聴覚フィルタ以外を通過する雑音のパワーも影響する」は誤り(フィルタ外の雑音は寄与しない)。狭帯域雑音では中心周波数と純音周波数の関係でマスキング量が変わり、信号対雑音比が0dB以下でも純音を検出できることがある。
3-4 内耳性難聴と聴覚フィルタ ― 補充現象
正常な蝸牛が鋭い周波数選択性と圧縮的(非線形)応答を持つのは、外有毛細胞の能動的増幅のおかげです。ここが壊れると、聴覚フィルタと聞こえ方が変わります。
外有毛細胞障害で起こること:①聴覚フィルタの帯域幅が広がる(周波数選択性・分解能の低下)、②補充現象(ラウドネスリクルートメント)が出現、③蝸牛の非線形(圧縮)応答が失われ、線形寄りになる。健常蝸牛が非線形で、障害で線形寄りになる(逆ではない)。
ひっかけ:・「感音性難聴は線形増幅で対処できる」は誤り。補充現象があるため非線形(圧縮)増幅が要る。・「補充現象は聴覚フィルタの特性と関係ない」は誤り(外有毛細胞機能と関連)。・障害の主体は「ゲイン低下」より帯域幅の拡大(分解能低下)。
つながる知識:補充現象=「小さい音は聞こえにくいのに、大きい音は健聴者と同じくらいうるさく感じる」現象で、
補聴器の
ノンリニア(圧縮)増幅が必要な理由そのもの。SISI検査・ABLB検査など補充現象検査ともつながります。
次章へ:次章では
両耳聴・音源定位を扱います。左右の耳の
時間差(ITD)とレベル差(ILD)で音の方向がわかるしくみ、
両耳装用の意義につながる頻出テーマです。