第3章|記憶 貯蔵モデルとワーキングメモリ

対応過去問 12問/難易度 ★★★☆☆
この章のねらい:記憶は、STの臨床でもっとも認知心理学が直接効いてくる領域です。ワーキングメモリ(作動記憶)と記憶の多重貯蔵モデルは、高次脳機能障害の記憶障害・注意障害のリハビリの中核理論そのもの。宣言的記憶(覚えていると言える)/手続き記憶(体で覚えている)の区別は、障害された記憶と保たれる記憶を見分け、残存機能を使った訓練を組み立てる土台になります。国試では3つの記憶の階層・ワーキングメモリの下位系・長期記憶の分類が繰り返し問われます。

3-1 記憶の多重貯蔵モデル

アトキンソンとシフリンの多重貯蔵モデル(二重貯蔵庫説)は、記憶を感覚記憶→短期記憶→長期記憶の3つの貯蔵庫の流れで説明します。

貯蔵庫保持時間・容量特徴
感覚記憶ごく短時間(1秒前後)アイコニック記憶(視覚)・エコイック記憶(聴覚)。感覚情報をそのまま保持
短期記憶数十秒・7±2チャンクリハーサルで保持。ミラーの「マジカルナンバー7」。新近効果に対応
長期記憶ほぼ永続・ほぼ無制限意味的に符号化。エピソード・意味・手続きなどに分かれる
用語意味
リハーサル短期記憶に保持した情報を反復すること(維持・精緻化)
チャンク意味的なまとまり=短期記憶の容量の単位(まとめると多く覚えられる)

正誤の要点:「昨晩食べた物の記憶」は長期記憶(エピソード記憶)で、短期記憶ではない。「記銘の体験が記憶を妨げる」のは順向干渉(順向抑制)で、逆向干渉(後の学習が前の記憶を妨げる)ではない。二重貯蔵庫説が短期記憶と長期記憶を仮定する点、忘却曲線が節約率で示される点、新近効果が系列位置曲線の最終位置の成績上昇である点は正しい。

3-2 ワーキングメモリ(バドリーのモデル)

ワーキングメモリ(作動記憶)は、情報を一時的に保持しながら操作するシステムです。バドリー(Baddeley, A.)は次の下位系を提案しました。

構成要素役割
中央実行系注意を配分し、下位系を制御する司令塔
音韻ループことば・音の情報を保持(リハーサル)
視空間スケッチパッド視覚・空間の情報を保持
エピソードバッファ複数の情報を統合し長期記憶とつなぐ(後に追加)

ワーキングメモリに「含まれる/含まれない」:含まれるのは音韻ループ・中央実行系・視空間スケッチパッド知覚表象システム(PRS)(潜在記憶にかかわる長期記憶系)やアイコニックメモリ(感覚記憶)はワーキングメモリの構成要素ではない。「視空間スケッチパッド―作動記憶」は正しい組合せだが、「メタ記憶―手続記憶」は誤り(メタ記憶は自分の記憶を監視・制御する知識で、手続記憶とは別物)。

3-3 長期記憶の分類

長期記憶は「言語で報告できるか」で大きく2つに分かれます。

大分類下位分類内容
宣言的記憶(顕在記憶)エピソード記憶個人的な出来事・体験(いつ・どこで)。言語で報告できる
意味記憶一般的な知識・概念・ことばの意味
非宣言的記憶(潜在記憶)手続き記憶技能・体で覚えた動作。言語で報告しにくい(遂行で示す)
プライミング・古典的条件づけ意識されずに行動・反応に現れる

そのほか、展望記憶(これから行う予定の記憶)も長期記憶の一種です。

正誤の要点:側頭葉内側面が損傷されても手続記憶は保たれる」は正しい(手続記憶は側頭葉内側面に依存しない)。エピソード記憶は宣言的(顕在)記憶であり「非宣言的記憶に分類」は誤り。展望記憶の障害で逆向性健忘が生じるわけではない。手続き記憶言語反応による測定が適切でない(言語で報告しにくく、遂行で測る)。技能は潜在記憶であって顕在記憶ではない。

3-4 意味記憶のネットワーク ― 活性化拡散モデル

活性化拡散モデル(コリンズとロフタス)は、意味記憶(概念)の構造を説明するモデルです。概念どうしが結びついたネットワークとして記憶を捉えます。

ポイント:ネットワークのノード(節)には概念とその属性が表される。関連の強い概念ほど近くに置かれ、ある概念が活性化すると、そのつながり(リンク)をたどって活性化が拡散する。旧来の「階層構造」を仮定するモデルとは異なり、活性化拡散モデルは階層構造を必須としない/ノード間の距離は概念の関連度で異なる(一定ではない)。

3-5 忘却

エビングハウス(Ebbinghaus, H.)は、無意味つづりを用いて自分自身で記憶と忘却を測定しました。

キーワード内容
無意味つづり意味の影響を除くため、意味のない子音・母音の綴りを材料にした
再学習法・節約率再び覚え直すのに要した時間の節約量で保持を測る。忘却曲線は原学習から再学習までの経過時間に対する節約率で示される
エビングハウスに関係するのは:無意味つづり・再学習法・節約率。系列初頭効果(系列位置効果の一部)・分散学習・感覚記憶は、この研究の中心テーマではない。

系列位置効果

単語リストを覚えると、最初(初頭効果)と最後(新近効果)がよく再生され、中間が悪いU字型の成績になります。これが系列位置効果で、グラフはU字カーブを描きます。

対応づけ:初頭効果=長期記憶(十分リハーサルされた)、新近効果=短期記憶(まだ短期に残っている)。忘却は減衰説・干渉説(順向/逆向干渉)・検索失敗説で説明される。

3-6 学習 ― 条件づけと運動学習

記憶と表裏の関係にある「学習」も出題されます。

学習要点
古典的条件づけ(パブロフ)条件刺激(CS)に対する条件反応(CR)が成立する
オペラント条件づけ(スキナー)強化・消去。部分強化は連続強化より消去抵抗が大きい(部分強化効果)。強化スケジュールで比率・時間間隔を操作
観察学習(バンデューラ)観察者自身が強化を受けなくても、モデルの観察で学習が成立(モデリング)

ひっかけ:技能学習の上達は、集中学習より分散学習の方が効果的(速い)(「集中学習の方が早い」は誤り=分散効果)。運動の学習では運動要素間に協応が生じるのが正しい。利き手から非利き手への転移はある(両側性転移)ので「転移はない」は誤り。技能は潜在(手続き)記憶で顕在記憶ではない。

つながる知識:ワーキングメモリ・宣言的/手続き記憶の区別は、高次脳機能障害の記憶障害リハで「保たれた手続き記憶を活用する(誤りなし学習・手がかり漸減法など)」考え方に直結します。次章は注意・思考・問題解決・意思決定。注意も高次脳リハの重要テーマです。