第3章|記憶・忘却・学習の保持と転移

対応過去問 9問/難易度 ★★★★☆
この章のねらい:学習は「覚えて・保ち・使う」過程であり、その中核が記憶です。STにとって記憶は、高次脳機能障害記憶障害のリハビリ失語症言語性短期記憶(音韻ループ)、訓練効果を別の場面へ広げる学習の転移と直結します。記憶の枠組みは認知心理学とも重なりますが、本章は「学習の保持と忘却・転移」の側面から整理します。試験では多重貯蔵モデル・忘却曲線・転移が頻出です。

3-1 記憶の多重貯蔵モデルと系列位置効果

多重貯蔵モデル(アトキンソン&シフリン)は、記憶を感覚記憶→短期記憶→長期記憶の3段階でとらえます。短期記憶はリハーサル(反復)で長期記憶に移されます。

段階特徴
感覚記憶ごく短時間(数百ミリ秒〜数秒)保持。視覚=アイコニックメモリ/聴覚=エコイックメモリ
短期記憶容量は7±2チャンク・数十秒。リハーサルで維持
長期記憶容量・保持時間ともにほぼ無制限
系列位置効果:単語リストを自由再生すると、最初の方(初頭部)最後の方(新近部)の成績が良く、中間部が悪いU字型になる。初頭部=長期記憶(リハーサルされた)、新近部=短期記憶を反映するとされ、短期記憶と長期記憶が独立に存在することを示す代表的な証拠。系列位置効果は多重貯蔵庫モデルで説明される。

系列位置効果のひっかけ:系列位置効果はエビングハウスではなく後の記憶研究で示された(Ebbinghaus が報告したとするのは誤り)。中間部の成績が「良い」は誤り(悪い)。再生の前に妨害課題を挟むと新近部(短期記憶)が消える——初頭部ではなく新近部が大きく変化する点に注意。

3-2 ワーキングメモリ

ワーキングメモリ(作動記憶)は、バドリーが提唱した「情報を一時的に保持しながら同時に処理する」システムです。単なる貯蔵庫ではなく、能動的な作業台です。

下位システム役割
中央実行系システム全体を管理・制御し、注意資源を配分する司令塔
音韻ループ言語・音の情報を音声的に保持(言語性短期記憶)
視空間スケッチパッド視覚・空間の情報を保持
エピソード・バッファ各情報を統合し長期記憶と橋渡し(後に追加)
頻出ポイント:ワーキングメモリの代表的機能は情報の保持と処理中央実行系がシステム全体を管理・制御し、音韻ループと視空間スケッチパッドを含む。読解能力が高い人はワーキングメモリ容量が大きい傾向がある。

誤りやすい記述:ワーキングメモリの「主要な神経基盤は海馬」は誤り。ワーキングメモリは主に前頭前野が担う。海馬はむしろ長期記憶(エピソード記憶)の形成・固定に関与する。

つながる知識:音韻ループは言語性短期記憶そのもので、失語症の復唱障害・語想起や、新しい単語・音韻列の学習に関わります。数唱(順唱・逆唱)は音韻ループと中央実行系を評価する課題です。

3-3 長期記憶の分類 ― 宣言的・非宣言的・潜在記憶

長期記憶は「ことばで説明できるか」で大きく2つに分かれます。組合せ問題が頻出です。

分類内容表現形式
宣言的(顕在)記憶エピソード記憶(出来事)・意味記憶(知識)命題(ことばで陳述できる)
手続き的記憶技能・習慣(自転車の乗り方など)IF-THENルール(やり方として体で表現)
正しい組合せ:「手続き的知識―IF-THENルール」「宣言的知識―命題」「忘却―逆行(逆向)干渉」「記憶術―場所法」はいずれも正しい。誤りは「潜在記憶―再生テスト」。潜在記憶(意識されない記憶)は再生・再認のような直接テストでは測れず、プライミングなどの間接テストで測定する。
つながる知識:健忘症では宣言的(エピソード)記憶が障害されても、手続き的記憶は保たれることが多く、これがリハの手がかりになります(誤りなし学習・手がかり漸減法など)。高次脳機能障害の記憶リハで応用されます。

3-4 忘却の理論 ― 忘却曲線・レミニセンス・干渉

覚えたことが失われる忘却には、いくつかの説明があります。エビングハウスの研究が古典です。

エビングハウスの忘却曲線と節約率

エビングハウスは無意味綴りを用い、再学習にかかる手間の減り(節約率)で保持量を測りました。節約率は学習直後に急速に低下し、その後はゆるやかに減少します。

忘却曲線の形:「節約率は学習直後に急速に減少し、その後は緩やかに減少する」が正しい。一定の割合で直線的に減る/一定期間は保たれてから減る/いったん増えてから減るのはいずれも誤り。最初にどっと忘れ、あとはゆっくり——が忘却曲線の要点。

レミニセンスと忘却の諸説

レミニセンスは、学習直後より一定時間おいた方が、かえって再生成績が良くなる現象です(忘却曲線とは逆向きの一時的な回復)。

忘却の理論内容
干渉説他の記憶が妨げる(順向干渉/逆向干渉)
検索失敗説貯蔵はされているが手がかり不足で取り出せない
抑圧説不快な記憶が無意識に押し込められる(精神分析)
減衰説時間経過で記憶痕跡が薄れる

忘却の理論でないもの:干渉説・検索失敗説・抑圧説は忘却の理論。一方、反応剥奪説(プレマックの原理に関する強化の説明)と末梢説(情動の理論=ジェームズ=ランゲ説)は、忘却の理論ではない。名前が紛らわしいので区別する。

3-5 学習の保持と転移

転移とは、以前に学習したことが、のちの別の学習に影響を及ぼすことです。良い影響が正の転移、妨げる影響が負の転移です。

用語内容
正の転移先の学習が後の学習を促進する
負の転移先の学習が後の学習を妨害・抑制する
両側性転移一方の手で覚えた技能が反対の手の学習にも及ぶ
練習の分散/集中休憩を挟む分散練習は、詰め込む集中練習より保持に有利なことが多い
技能学習における転移とは:「事前に学習したことによってその後の学習が促進/抑制される」「一方の手で学習した技能が他方の手の学習に影響する(両側性転移)」が転移にあたる。結果の知識(KR)で学習が進む・見本の観察で誤りが減る・部分技能が全体にまとまるのは、転移ではなく練習・フィードバック・体制化の効果。「以前の学習がのちの学習に影響」を一語で表すのは転移(協応・強化・保持・誘因ではない)。
次章へ:訓練室で得た反応を日常へ移すのは正の転移=般化の課題そのもの。次章は問題解決・認知的学習で、洞察学習・認知地図・潜在学習など「試行錯誤だけでは説明できない学習」を扱います。